「EATING」チャン・スンウク監督インタビューbyカン・ミンジ

「EATING」チャン・スンウク監督インタビューbyカン・ミンジ
(2010.11.26 KIAFA CAFEより)

コリ2011で上映された「EATING」のチャン・スンウク監督、東京会場のゲストでしたが、残念ながら当時地震の影響で来日できなくなってしまいました。
KIAFA CAEFで、花コリ2012名古屋ゲストのカン・ミンジ監督が、インタビューをしたものです。


ステキで愉快な短編アニメーション「Tube Angel」、
現実的で重量感のある「EATING」のチャン・スンウク監督が語る!

次にインタビューするアニメーション作家のことを考えて(KIAFA CAFEではインタビューを受けた監督が、次回インタビュアーになり、意中の監督にインタビューしていくリレー方式)何年か前、スペイン映画祭で偶然に出会い、その後お互いの作品活動に関心を持っていたチャン・スンウク監督に対して調べる事にした。
私は「Tube Angel /튜브엔젤」とは完全に正反対の印象を持った「EATING/먹다」を作った彼の制作に対して興味を持っていたし、彼が短編アニメーション監督として生きることについて関心があった。
寒い中、一番おいしい豆腐チーズケーキを売る、弘益大のカフェで会い、インタビューを始めた。



「Tube Angel /튜브엔젤」(2007 / 07:34 / 2D Computer)



「EATING/먹다」(2010 / 09:06 / 2D Computer, Drawing)

カン・ミンジ(以下カン):「Tube Angel」と「EATING」は、絵柄も作品スタイルも完全に違うじゃないですか。それは意図したものですか?それとも自然にそうなったんですか?
チャン・スンウク(以下スンウク):「EATING」は現実的な主題を持ったアニメーションで、「Tube Angel」は実験的で、少し童話的な面が強いアニメーション。(見えない存在が窮地に陥った人々を助けてあげる童話みたいな作品だから)それでストーリーに合う絵柄を探してみたら、結局「EATING」は背景で、人物を現実的なイメージで表現するようになりました。

カン:では、2作品のうち、指摘するなら、チャンさんにとって近い感じは、幻想的できれいな感じ?それとも社会風刺的で現実的な感じですか?
チャン:その2作品の中間ぐらいが、僕に一番合う絵柄だと思う。「Tube Angel」は描きながらすごく面白かったんだ、描く人も楽しくて!

カン:「EATING」のシーンで、シーンのつながりがカットではなく、つまり現実的な場面で非現実場面に変わる中間、これといった“ワイプ”や“モーフィング”と見ることもできないようなそんな部分が、作品を見ながら本当に独特だという感じを受けたんですが、元々そういうものをよくやる方ですか?
チャン:よくやるというよりは…うん、好んでやる感じ。「EATING」のそういう部分、すべての場面は最後のシーン(主人公の部屋が、主人公が見た夢と合うシーン)までつながるように意図的に演出しました。
つまり「EATING」で、夢は現実とは反対の空間であるなら、(それで夢の中に出る全ての物体や、そこに存在する全ての物が現実とは全て逆さ)、だからこの逆さの空間がお互いにつながる部分、そこを悩む必要があったし、結局見たところと同じようになりました。

カン:では現実とは反対の非現実的な空間が、“夢”だったの?主人公の望む空間が?
チャン:ただ現実と反対の空間だから、夢シーンが存在するというのではなくて、全体的なメッセージのために必要なシーンが夢シーン。
主人公は脱出したいのに、自分が何を望むのかも分からない人物。
だから無意識と同時に、彼が現実から脱出できる始発点になり得る空間が夢だね。何の話かと言えば、現実と反対の概念である夢には自然物だけがある。そして夢の中で降る雨は“浄化”の意味を持っている。でも作品の中で、主人公は雨に降られない。いつも傘を差している(人工物である傘を)。また夢の中にはさまざまな啓示と言える物があるけど、その中で、一つは浄化の意味の“非”で、もう一つは、その雨が地に染みこんで、その雨水を飲んで育った木から生える赤い“実”。
作品中盤で主人公が、実を手で握って夢から覚める。そして続く作品後半部分で主人公は結局その実を食べない。だから浄化を象徴するその実を主人公が食べたら希望的なメッセージを含むことができたけれど、主人公はそれを食べないで捨てる話なんだ。

カン:そう、それで実が割れるじゃない。
チャン:うん。そしてまた主人公は仕事に出かけて、そういうもの、そういう風に意図的に演出した。象徴について行ってみると、つながるようになるメッセージ。

カン:じゃあストーリーは悲観的に始まって、悲観的に終わるのですよね?その実を結局食べなかったから?
チャン:そう。作品自体で見れば不幸な結末だけど、 でも僕が伝えようと思ったことは、こういう生を見ながら共感を受ける人が確実に多いだろうと思った。
実際、今回映画祭で、職場生活する人々が作品を見て、たくさん共感したと言っていたって。そのために「EATING」が不幸な結末のアニメーションではあるけれど、僕が窮極的に望んだことはバッドエンディング、ハッピーエンドはなく, 作品の中の主人公を見ながら自分の生をもう一度振り返ることができるようにする、そんな役目、ただそれだけを願った。僕が解決策を提示するとか、その人々の人生をすべて置き変えるとかそういうんじゃなくて、ただ人生をもう一度考えてみる機会を作ること、ただそれだけ、見る人にそう思わせるのが僕の目的だった。

カン:うーん…、そこまで考えて作品を作るのね!!
私はそういう監督たちの話を聞くと、自分は作品を本当にシンプルに始めてシンプルに終わらせているようで…(笑)
チャン:僕の考えでは、僕は君が(カン・ミンジ監督)感情的な面と、またいつのまにか寄ってきて消えてしまうような即興的な感情をつかむのが君の作品だと思った。

カン:え、すごく奥深い。
チャン:そういうのが、君が作る作品で、君のように制作をする人々も必ず必要だと思う。僕は制作の前にたくさん考えて目的を決めておいて駆け抜けるスタイルで、反対だ。

カン:男と女の特性かな?
チャン:それはまた違うだろう。作家と作家の違いだよ。

カン:「EATING」の中で、地下鉄が出るシーンで、気になったことがあるんだけど。どうしてチャンスンベギ(장승배기)駅なんですか?見てて、まさか…チャン・スンウク…チャン・スンウク排気(배기=排気)?
チャン:あ、背景を描くその日に限ってぜんぜん面白くなくて、退屈で。それで横にいる友達に駅の名前を変えようかって、そんな話をしている最中、僕の名前と似ていてチャンスンベギ駅を入れて、“먹다[モッタ]=食べる”を“먹골[モッコル](골=고을[コル]は郡など地域の単位にあたる単語)”に変えて入れて、最後にチューブエンジェルに変えた。



カン:やっぱりそうだったんだ。最初の場面について話してみてください。
チャン:最初の場面でタイトルを結んでヘビ、それからネクタイに変わったでしょう(映像を見せながら)。これは水じゃん。

カン:この場面の感じがいい。
チャン:笑。水が蛇の姿に変わってまたネクタイにつながりながら首に締める場面。タイトルの水も浄化のイメージのような存在。でもそれがある程度汚れるんだ。それで人の首を締める。仕事をしなければならない現代人たちの姿と、ちょろちょろする蛇の姿がよく合っていて、こういう演出したんだ。夢の中の浄化のイメージである水が、結局汚されて、また人の首を締める、そんな循環を表わしたんだ。

カン:じゃあ、監督の立場で、その水を汚すことはどういうことだと思いますか?
チャン:お、けっこう難しい質問だけど?水を汚すようにしたのは、色々あるけれど、作品の中で焦点を合わせたことは、何が水を汚したのかというよりは、誤った状況によって不幸になる現代人たちの生、それに焦点を合わせたんだ。原因を捜すと、あまりにも多すぎて。

カン:じゃなければ、原因が初めからないかもしれないね。
チャン:ないってことはないと思うよ。結局、俺たちの苦しがる社会は、物質万能主義や資本主義、またこの頃はメディアの弊害みたいなものなどが、俺たちに苦労させる。俺たちは文化的にとても豊かな生にあるようながらも、すごく空虚で貧しく暮しているから。そんなものなどが原因なら、原因だと思う。俺はメディアを批判的に眺める視覚を持ってるから…。

カン:じゃあ「EATING」で、主人公と監督と、率直に言って、生活が離れている話じゃないですか。アニメーションの監督たちも苦難があって、生きて行く人々ではあるけれど、敢えて平凡なサラリーマンの主人公を設定した理由は何ですか?
チャン:会社生活をする主人公の生は、俺とは違うけれど、生の中で感じる大変な部分は同じだと思った。また「EATING」のイ・モハ(主人公)というキャラクターは、俺の知人たちの姿と以前1年間会社生活をしたことを基盤に作られたキャラクターだから、俺とかけ離れているとは思わなかったし、辺りを見回して、苦しがる人々の姿の中から“モハ”を持って来たものだったから。

カン:主人公の名前が“モハ”じゃないですか。
チャン:うん、“イ・モハ”。

カン:珍しいと思っていたんだけど。どんな意味?
チャン:自由人。
カン:“イ・モハ”が?
チャン:うん。どの国の単語か覚えてないんだけれど、俺が以前読んだ本に出てきた部族の言葉。

カン:じゃあ“イ・モハ”という名前が自由人っていう意味の単語なの?
チャン:その部族の言葉で“自由人”。でもこれがちょっと反語的な表現だから、作品の題名ともリンクする部分だけど、主人公は自由人という意味を持った“イ・モハ”だけれど、彼は自由にはできない。同じように作品の題名は「EATING」だったのに、主人公は実際食べることができない。そこに出てくる全ての人々が食べることができない。

カン:あ!本当ね?!
チャン:うん。食べる物を食べない。

カン:あ…食べるじゃない!!(TVの中の食堂で座っている人物達)
チャン:その場面は、権力と違うものを食べるでしょう。ちょっと反語的な表現だったんだ。題名のように。

カン:監督の話を聞いたから、もっと面白くなった!
チャン:笑、今回の作品はちょっと苦労したんだ。

カン:どんな面が一番苦労した?
チャン:状況的な面もそうだったけど、制作期間が長かったから、かなりいろんなことがあったし、財政的な部分も少しあったし、追いこみには事故って、肉体的に大変な部分もあったと思う。

カン:爆笑
チャン:交通事故…(笑)。それよりも話がうまくほぐせなくて、最初作品を企画した時、4ヵ月間構想を練ってたんだけれど、その4ヵ月もの間感じたんだ。“あ…容易くないな”って。

カン:制作することが?
チャン:うん。すぐに即興的にきれいな話が、すんなり出るんじゃなくて、俺の頭痛がひどくなるようだったし、4ヵ月間の構想後シナリオが出た時も満足いかなくて…。“たぶん作品つくるにはつくるけれど、制作している間、苦労するだろうな”っていう予感がした。

カン:でも、本当、明るい制作をしてみると気持ちもよくなるけれど、ちょっと暗い感じの制作をしてみると、しかもこの作業は長期間だから…そういう風に変わって行くしかないようです。没頭しなければならないから。
チャン:だからさっき、君が話したように作品が終わったから、明るい服を着てるんだろう(笑)。

カン:私も「猫我」を作っているとき、とっても悲しかった。ずっと悲しみながら描いてたようよ。性格を変えるみたい。これからの計画は?
チャン:あ…、それは短編作品を続けるのかと聞くなら、ずっとやっていきたいんだけど。それから具体的に計画立ててるのがあるのかと聞くなら、うん、シナリオを書き溜めてあるのが3つくらいあって、すぐにはできないと思うけれど、次の作品は愛の話になると思う。

カン:え…あの難しい愛の話?
チャン:ただ俺が感じる感情だから…。それを作ると思うし、俺は考える時、社会を皮肉るのが合っているみたいだから、短編やりながら社会批判をするのが俺の作品の主になるというわけじゃないけれど、途中途中でやり続けると思う。とにかく次の作品は愛の話。

カン:じゃあ具体的なイメージも浮かんでいるの?
チャン:うん。

カン:どんな感じ?前作とは完全に違う感じ?
チャン:うーん。違うかな?登場キャラクターの男女は大人、内面は少年と少女の心を持ってる。

カン:じゃあ作品が「Tube Angel」と「EATING」のうち、どっちに近い?
チャン:イメージはその2つの中間。練習帳があれば見せられたんだけど、残念だね。

カン:じゃあ今後の計画は、すぐ新しい制作に入って行くんですか?
チャン:うん、そうすると思う。すぐではないけれど…。今は休む期間なんだ。映画祭も一昨日終わっただろう。
ちょっと休んで、シナリオももうちょっと整えてストーリーボードを進めれば始められると思う。

カン:制作支援を受けるつもり?
チャン:うん。出してみないと。

カン:大変でしょう?制作支援もらうの。私は企画書を提出するのが一番大変だったよ。
チャン:うん。お金をくれる人の立場では、そういう過程を通すのが当たり前だけれど、制作者の立場ではその過程が俺の作品とは本当に関係ない時間を浪費するようなものだから、もちろんその時間で1年の間制作するお金を儲けるのは良いけれど、ちょい見せというか。

カン:そう。私はストーリーボードも制作支援用だから、実際に私が見るものは別にあります。
チャン:そうそう。俺もそうだった。プレゼンテーションのために映像を再編するとか、そういうこと。

カン:うん、そうそう。
チャン:当然あるべき過程だけれど、なければいいなって願う。

カン:映画祭たくさん出したでしょう?
チャン:俺はよくわかんないんだけれど、見てきた人たちが。

カン:私の知ってるのでもインディ・アニフェスト、SBS,アシアナ短編映画際…そのうち賞を2つとって。でしょう?本当にすごい。
チャン:不足だな(笑)。

カン:不足?もっと?あ…。
チャン:俺は作品そんなにないじゃないか。

カン:なんで?私も受賞は一度だけ。みんな私が何度も受賞してると思ってるけど…。
チャン:俺はちょうど配給を始めてね。たくさん上映をしたい。受賞よりアシアナ短編映画祭中にある人がいて、その人がこのインタビューを読んだらいいんだけれど、その人がSBSで放映された俺の作品を見て、劇場にまたみに来てくれたんだ。その人にすごく感謝していて、その日は朝の上映だったからお客さんが多くなかったんだけれど、その人が来てくれたのが本当にありがたかったんだ。話をちょっとしたかったんだけれど、終わってすぐ行ってしまったんだ。この機会に言いたい。短編アニメーションがもうちょっと一般の人たちに見られる機会がたくさんあったら良いな。 なさすぎるから。

カン:でしょう。本当に。いらいらする(笑)。
チャン:本当だ。いらいらする(笑)。

カン:私も最近はずっとその方法を模索しているの。
このごろギャラリーや映画祭以外の空間で、たまにアニメーションの展示や上映をします。 それで偶然にギャラリーキュレーターたちと出会って話し合ってみると、あちらでは私たちをどんな風に見つけるか分からないの。私たちもあちらにどうやって接触すればいいか分からないから。それで純粋美術をする友達の助けを借りて、映画祭以外の他の空間を捜してみようと…あ~もどかしい。
それで今出品するものも映画祭以外に。このごろ芸術は絵、彫刻、映像、すべて総合だから総合芸術の方に近付いてみたかったりもして。短編アニメーションが映画だと言うけれど、私の作品はある意味、純粋芸術のようでもあって、いろんな面があるみたい。監督のは映画みたいだけど。
チャン:そういう話聞いたことある。

カン:私のはちょっと映画みたいじゃない部分もあるみたい。
チャン:映画祭が終わった後、会う人々が映画のシナリオの方をやってみる気ないかと聞いてきたよ。合ってると思うって。話を紐解いて行くのが映画的だと言っていたって。

カン:うん、そうね。
チャン:他に質問はある?

カン:うん、ある。監督は制作をやり続けるのにはどんな目的がありますか?
チャン:目的…俺は続けていくつもり。もし会社通いになってもずっと制作をし続けると思う。短編を通じて俺がしようとすることを続けていこうと。俺の思う作家は、したい話を聞かせるのが真正な作家だと思う。それが俺が作品をする原動力でもあって、それを通じて俺の作品スタイルがある程度固まると思うけれど。俺は他の人々に話をしたがるようなんだ。それで他の人々が俺の話を理解するように作らなければいけないと思う。だから俺は実験的や抽象的な作品を作らないんだと思う。(短編の中にある程度はいると言っても)それは他の人々がうまく受け入れる事ができないかも知れないから。俺は見る人が聞き分けることができる言語で作って、観客と監督がお互いに共感ができる作品をつくりたい。

カン:いいね。
チャン:それが作家として俺がしなければならない仕事だと思う。個人的に抽象美術があまり好きではなかったりする。ただよくわかんないから。作家が何の話をしたかったのかよく分からないことがあるから。

カン:私は抽象的なこと好き。その作家がどんなものを表現しようと思ったのか分かろうとせず、そのまま私が受け入れて感じる、それが全部。そしてまた私が感じるその全部が、作家が表現しようと思った全部かも知れないでしょう。 それで私はいつもすべて開いておいたまま受け入れるんだと思う。私は率直にすべて好きみたい。嫌いなものがこれといってない。

カン:幸せ?短編アニメーションをつくる人として生きることが?
チャン:絵を描きながら幸せな時がある。描きながら大変だった事もあったりするけれど、ある程度、使命感のために制作して行く感じ。俺が持った能力をありがたく思い、根気強く絵を描かなければならないと思う。

カン:正しい考えを持ってるね。深みがある。

知りたかったさまざまな質問を投げかけ、チャン・スンウク監督の詳しく優しい説明を聞き、私の制作に対して、チャン・スンウクク監督の制作に対して、そして他の監督たちの制作に対して多くの考えに触れた。
私が感じたチャン・スンウク監督は“外柔内剛”。他人には暖かいが制作者としての自分には冷徹で、節度ある人だと言おうか。多くの考えを経て出てくるチャン・スンウク監督の作品も好き、まだ制作に入っていないという彼の新しい作品(愛の物語)も今から非常に期待される。



 ■チャン・スンウク

 <フィルモグラフィー>
 ・「Tube Angel /튜브엔젤」(2007 / 07:34 / 2D Computer)
 2009 第10回サンディエゴ・アジア映画祭(アメリカ)
 2007 SBSアニキャラクター7回次放映(韓国)
    第9回プチョン国際学生アニメーションフェスティバル(韓国)
    第7回マドリード国際アニメーション映画祭国際学生部門(スペイン)
    デジタルコンテンツ韓国ローカルアワード奨励賞受賞(韓国)

 ・「EATING/먹다」(2010 / 09:06 / 2D Computer, Drawing)
 SBS創作アニメーション大賞 奨励賞受賞(韓国)
 2010 インディ・アニフェスト一般コンペ部門優秀賞受賞
 SBS創作アニメーション受賞作放映
 アシアナ国際短編映画際上映



カン・ミンジ

2005 『キム・チュ・カン・チョ/김.주.강.조』
2006 『吹き出物/뾰루지/A pimple』 ※Link into Animated Korea 2008 上映作
2006 『Hello!/안녕!』
2008 『紙一枚/종이 한장/A piece of paper』 ※Link into Animated Korea 2009 上映作
2008 『Documentary about my One day』
2010 『猫我(ミョア)/묘아/Myo-A』 ※花開くコリア・アニメーション2011上映作
2011 『Natural Urban Nature』 ※インディ・アニフェスト2011オープニングフィルム、花コリ2012上映作
2011 『Untitled』※ Ani2011 Project
*その他に本のイラストや砂アニメーション、サンドパフォーマンス、CFアニメーション制作をしている。

★花コリ2011名古屋会場ではカン・ミンジ監督をゲストにお迎えしてトークイベントを催しました。
監督の詳しいフィルモグラフィーやイベント情報は→花コリ2012名古屋会場ゲスト・イベント情報
公式ブログ「Myo-A.」

<カン・ミンジ監督関連記事>
カン・ミンジ監督スタジオ訪問記(2012/10/12)
特集「カン・ミンジの世界」 花コリ2012名古屋会場トーク録(2012/5/28)
名古屋ゲスト、カン・ミンジ『Natural Urban Nature』インタビューbyチャン・ヒョンユン(2012/5/3)
カン・ミンジ「Natural Urban Nature」レビューbyチェ・ユジン(2012/3/22)
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