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花コリ2016名古屋会場 李孝心先生トーク録

トークイベントその4 李孝心氏トーク


5月29日(日)13:00~長編「そばの花、運のいい日、そして春春」上映終了後
ゲスト:李孝心(イ・ヒョシム:名古屋韓国学校校長)
司会:西村嘉夫(シネマコリア代表)

李孝心(イ・ヒョシム:名古屋韓国学校校長)
高麗大学校歴史学大学学士。名古屋大学大学院文学研究科博士前期課程(日本史)修了、修士。2010年に名古屋韓国学校の校長に就任。愛知大学、韓国観光公社(コリアプラザ名古屋)で講師を務めるほか、中部地域の学校などを中心に韓国文化普及のため講義活動を行っている。
名古屋韓国学校 


西村嘉夫(以下 西村):第一話『そばの花の咲く頃』の舞台になっているのは、蓬坪(봉평/ポンピョン、以下カタカナ表記)という地方都市なのですが、こちらについて教えてください。

李孝心(以下 李):2018年に平昌(평창/ピョンチャン)オリンピックがあるのですが、その平昌郡にあり現在5千人ほど住んでいます。『そばの花の咲く頃』の小説を書いたイ・ヒョソクさんが生まれた所です。生まれた所を背景に素敵な短編小説を書いています。彼はいくつか短編小説を書いてますが、その中でもこの小説は韓国人なら誰でも知っています。国語の教科書にも載っているし、大学の入試試験にも出るような小説ですごく有名な作品です。私自身も韓国にいる時は、とても素敵な詩的な文章だったのに、受験勉強のためで嫌だなぁと思いながら読んでいたので、この機会に、アニメーションのことを想いながら日本に来てもう一度読んでみたら、とっても素敵で何回も声に出して最初から最後まで読むことになりました。韓国の若い子達もこの作品を知っていますが勉強のための読み物としてなので、本当に深い味わいを感じるのは大人になってからだと思います。

西村:受験勉強のために丸暗記してしまって、例えば日本人なら「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という文章は誰でも知っているわけですが、それに匹敵するような有名な文章が韓国にもたくさんあって、そういうものが頭に残っている状態でこのアニメーションを観ると、自分の国の文化を見直すきっかけになり、我々はお隣の国ですが、また違った感動があるでしょうね。

李:皆さんと一緒に観られて幸せだなと思ったのは、私が韓国にいる時、20年前に日本に来たんですが、その当時はもっぱら日本のアニメーションやマンガを観ていたんですね。『キャンディ・キャンディ』『ベルサイユのばら』とか日本のものを読んでいて、恥ずかしいことですが自分の国の文化より1970年代・80年代だったのでアメリカと日本の文化を追っていました。今の韓国は経済的にすごく成長して、文化にもすごく力を入れていて、文化を通して世界に発信しているところなんですね。その中で映画とマンガとアニメーションが出てきて、これからはアニメーションがものすごく盛んになっていくと思います。韓国は長い間厳しい軍事政権だったので、その間文化的なものがすごく抑圧された時代があり、それが今まさしく爆発しているのです。民主化のために頑張って来た先輩達を誇りに思いました。そういった民主化運動の後に、こういった文化的な花がたくさん咲いて、そのエネルギーを実感しました。

西村:こちらの作品は、アン・ジェフン監督が、韓国の教育放送局EBS(日本でいうEテレ)と一緒に作っているのですが、個人で頑張っているだけでなく、大きいテレビ局がバックアップしながら、小さいお子さんにもこういった作品を見せたい、という流れなんでしょうか。

李:日本も活字離れでしょうか、文学から離れている時代になってきているのですが、韓国も同じ現象が起きていて、韓国の方がIT情報化が進んでいる悪い面があり、1970~80年代の方が文学の力が大きかったのに、今、本当に本が売れない、素晴らしい先人の作品を読まないというのがあり、そういう憂いから短編小説や素晴らしい作品を映画やアニメーションにして、それを観ているうちにまた原作を読んでみたいという気持ちになるように、という願いを込めてやっているのだと思います。

西村:『そばの花の咲く頃』に戻りますが、ポンピョンは蕎麦の名産地なのでしょうか?

李:そうですね。私はパスタも蕎麦を食べるくらい、蕎麦が大好きです。韓国には「ポンピョン」という銘柄の蕎麦があります。それくらい有名です。文学作品がまず先に有名になり、そこからポンピョンの蕎麦がブランドになりました。9月の蕎麦の花が咲く頃に、イ・ヒョソクさんを記念した文化祭があって、全国から観光客がたくさん集まり、蕎麦の花を観たり、イ・ヒョソクさんの記念館を訪れたりします。

西村:ポンピョンが蕎麦の花で有名というのは、このトークの打ち合わせで初めて知りまして、ネットで「ポンピョン」とカタカナで検索してみたら、蕎麦の花の画像がヒットしました。日本でいうと、富良野と聞くとすぐラベンダーをイメージするように、ポンピョンと聞いただけで皆さん、蕎麦を思い出すんでしょうね。

李:作品では女の子達が少し訛りのある言葉を話しています。それは北朝鮮の言葉です。ポンピョンは韓国ですが、北朝鮮との境目に近いところに位置していて、元々、北の方はお米が少なく雑穀が発達していて、冷麺も北の方では蕎麦で作っています。

西村:ちょっと思いついたのですが、「花開くコリア・アニメーション(以下 花コリ)」は、ソウルで毎年9月下旬に開催されている「インディ・アニフェスト」という、韓国のアニメーション作家の皆さんの登竜門となっている映画祭がありまして、それにノミネートされた作品から厳選して上映しているんですね。ここにインディ・アニフェスト2015のポスターがありますが、去年は9月17日から22日までで(2016年は9月22日~27日)、ちょうど蕎麦の花が咲く頃と同じ時期なんですね。実はアン・ジェフン監督のスタジオが、花コリを主催している韓国インディペンデント・アニメーション協会(KIAFA)の事務局と同じビルに入っています。皆でソウルに行って、インディ・アニフェストで最新のアニメーションを観て、アン・ジェフン監督のスタジオを見学して、舞台となったポンピョンに行って蕎麦の花を観るというツアーをやってみたら面白いかも知れませんね。ちょうど日本はシルバーウィークですし。アニメーションから広がる韓国ツアー。

李:是非、実現してください。



西村:第二話『春春』の原作について教えてください。

■『春春』
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李:キム・ユジョンさんの作品は、学校に行けなかった80代から90代の人達も分かるぐらいの内容で、小説を広めるために毎年TVドラマでも作られていました。キム・ユジョンさんの作品は、現実は厳しいけれど、ユーモアに富んでいて笑いながら泣く感じの物語がたくさんありまして、韓国では小説を読んでいない人達も、ドラマを通してユジョンさんの作品を全て知っています。日本の作家さんでいうと、井上ひさしさんに似ていると思います。現実を踏まえながら少しパラドックスやユーモアを入れて、それでもやっていくという力強いメッセージが入っています。

西村:タイトルが『春春』と、春が2つ並んでいるのは、どうしてなんでしょう?

李:これは日本語の「花々」みたいな感じで、2つ入ると少し強調する感じですね。

西村:男の子と女の子が出てくるので、その2人が「春」と「春」で、爽やかに今後2人で生活していく、といった意味かなと思ったのですが…。

李:そういう意味もあるでしょうし、「春」は自然的には素晴らしいのですが、貧しい人にとっては本当に食べるものがない時期で、時代もそうだし、政治的にも大変な時代だったので、爽やかな生き生きとした花と、現実的には食べる物がないという2つの意味もあるだろうと思います。

西村:原作は1920年代・30年代の小説ですので、封建時代から近代化していく流れの中で、いろいろと生活に変化が出てくる部分も描かれています。『春春』はちょっと昔の話かと思っていたら、「法律では21になってやっと結婚できる」といったセリフが出てきて、近代的な法律ができたんだと分かったりする。これまでとは違った社会に変わってきていて、近代化には良いことも辛いこともある訳ですが、そういった波がじわじわ押し寄せているんだなと気付かされます。

李:日本も近代化の中でそういうことがあったと思うのですが、例えばヨーロッパだったら産業革命が自分の国の中から出てきたのですが、韓国の場合は朝鮮王朝の末期にいろいろな変化がありました。主に外部的な、日本を通して国自体が変わっていく時代でした。『春春』に出ているのは地方の田舎の話で日本との係わりはあまり出ていませんが、朝鮮時代には無かった法律だったり、土地の問題などは基本的には日本に従ってやっていたので、自分の国の力で近代化したのではなく、良くも悪くも日本の影響によって変わったので、土地を持たない人はかなり厳しい状況になりました。

西村:近代化の時代を一番ストレートに描いているのが第三話『運のいい日』だと思います。昨日上映後にお客様から「ソルロンタンって何?」と聞かれました。


■『運のいい日』
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李:お答えする前に、ちょっとエピソードを紹介させて下さい。私は韓国では歴史の教師をしていたんですが、教え子に「名古屋でこの作品の話をする」と話しましたら、原作が掲載されている本を送ってくれました。未だに、よく売れている本です。なぜよく売れているかというと先ほど言いました通り、大学の入試で必ず出ますので。ソルロンタン(설렁탕/雪濃湯)というのは、韓国料理では、コムタンとかソルロンタンとか、「〇〇タン(湯)」という料理があるのですが、「〇〇タン」というのは、お肉を焼くときは3人分焼いて3人で食べるんですが、「〇〇タン」というのは一人分のお肉を入れて作り、お肉の匂いやだし汁を楽しめる、豊かじゃないけれどお肉の味を楽しむために、元気づけるために「〇〇タン」という文化が生まれました。ソルロンタンは、牛の骨を集めて煮込むもので、そこに少しお肉が入っていたら、うれしいもので、そこにご飯を入れて食べるという庶民の食べ物です。

西村:花コリには、韓国の文化が好きで来場されるお客様と、アニメーション・映画が好きでお越しになるお客様がいらっしゃいます。アニメーションを通じて韓国の食文化に触れられるというのも、日本人は食べることが大好きですから、いいですね。

李:『運のいい日』で仕事帰りに友達とマッコリを飲むときに、チュオタン(추어탕)を2杯も食べてますね。チュオタンというのは、どじょうです。日本でもいくつかあるのですがなかなか美味しいところがなくて、東京に行った時に日本のどじょう鍋を食べた事があるのですが(西村:柳川鍋ですね)すごく期待して食べたのですが、高いのにあまり美味しくなかったんです(笑)。最近は韓国に帰るとチュオタンを食べに行きます。すごく安くて栄養がたっぷり入っています。夏にとてもいい食べ物です。

西村:板門店に初めて行ったとき、友達が「ここおいしいよ」といって食べたのがチュオタンだったのですが、あの辺が名産なんですか?

李:チュオタンが名物なのは全羅南道(전라남도/チョルラナムド)の南原(남원/ナムォン)が有名で、南原は韓国版ロミオとジュリエットの『春香伝』の舞台になったところです。そこの川でどじょうが獲れるのです。

西村:『運のいい日』には、お酒をたらふく飲んでいる最中、お金(当時、朝鮮半島で使用されていた日本の10銭硬貨)を「敵(かたき)め!」と言って投げつけるシーンがあります。お金が全てを縛ってしまう時代に変わってしまったという近代化の悪しき面を象徴していると同時に、韓国の場合、日本との関係の中で近代化が進んだ歴史がありますので、ひょっとして作者のヒョン・ジンゴンさんは、日本に対する思いもあって、皮肉的に表現したのかなと思ったのですが、考えすぎでしょうか?

李:3つの作品の中で一番、心が重くなるのが『運のいい日』です。私の周辺でこの小説に当てはまる人は誰だろうと考えたときに、私の母は1922年生まれなのですが、それも北朝鮮の一番寒い所で生まれて、戦前にソウルに流れ着いて、今は94才なんですが、母がちょうど10代の頃が背景なんですね。その母から戦前の話を聞くと、一般の庶民にとっては政治を支配する人が誰か分からない時が一番日々の生活が幸せな時だと。朝鮮王朝の末期、私の祖父母の時代は食べる物に困り、中国やロシア、満州、ハワイの方に流れていき、その間に日本が来て、ますます厳しくなり、もっとたくさんの人が満州、ロシア、日本に行くんですね。両班(양반/ヤンバン:朝鮮王朝時代の官吏貴族)でも日本の政治家に積極的に協力している人達は食べるのに困らなかったと思います。ただ普通の人達は朝鮮時代末期は本当に大変で、日帝時代(日本統治時代)も大変だったと思います。ただ、母の話では日本から来ていた政治家達や憲兵隊は怖かったけれど、日本が住みにくくて開拓のために日本から来た日本人の庶民の人達が満州に行ったり、北の方にも来ていて、友達になってるんですが、その人達も質素な生活をしていた、という話を聞いたことがあります。

『そばの花、運のいい日、そして春春』のメイキングドキュメンタリーが上映されました。

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西村:監督とは2回ほどお会いしたことがあるのですが、とても紳士的な方で、「この人は怒ることがあるのだろうか?」と感じるくらい穏やかな人です。ドキュメンタリーの冒頭で茶色いカバンが写っていましたが、監督はあのカバンを肌身離さず持っていて、こういうトークの時でもいつも足下に置いてらっしゃいます。映像の中でもありましたが、小説『そばの花の咲く頃』では、蕎麦の花の美しさを表現するのに「塩をふりまいたように」という表現を使っています。この箇所は李孝心先生が大好きな名文中の名文でして、皆さんと一緒に朗読したいと思いまして、お手元に黄色い資料をお配りしております。


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李孝心先生が韓国語で朗読され、西村氏が日本語訳を朗読しました。
その後に、会場の皆さんも一緒に韓国語の文章を朗読しました。

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西村:先生は若かりし頃に演劇俳優を目指されていたとお伺いしましたが、お声が素敵ですね。

李:ありがとうございます(笑)。毎日、韓国語の詩と日本語の俳句を声に出して読みながら勉強しています。

西村:今、朗読していただいた部分、映像ではこういう風に表現している、というところを30秒くらいなのですが、もう一度ご覧いただこうと思います。

*蕎麦の花が一面に広がるシーンが再び上映されました。

■TheRoadCalledLife01.JPG
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西村:こちらのアニメーションは、本当に原作小説を忠実に再現しています。台詞や状況描写も全く同じです。原作小説『そばの花の咲く頃』『運のいい日』『春・春』の日本語訳は、岩波文庫の『朝鮮短篇小説選<上下>』に収録されています。1984年に出版された文庫でして、ソウル五輪が開かれる前からこういう作品を日本に紹介している方がいらっしゃったんだなと今回改めて思いました。

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李:私もこの3つの短編を全部読んでいて、アニメーションを観る前はどれくらい忠実に再現できているのだろうかと懐疑的だったのですが、作品を作った原作者の気持ちに忠実な物でした。アニメーションを観た後に原作を読むともっともっと深い世界に入れるのではと思います。思い出や追憶、ユーモア感覚で現実の厳しさを乗り越えていく、それは戦前も戦後も、今も一緒なのではないかと思います。この作品を観て豊かな気持ちになりました。

<質疑応答>

観客1:『運のいい日』で奥さんが、まだ炊けてない状態でお米を食べるシーンがあるんですが、奥さんは何の病気だったのでしょうか?

李:あまりにもお米がなくて、久しぶりに手に入ったので、早く食べたくて出来上がりの時間を待てずに食べてしまったのだと思います。


観客1:その時代はそういう(貧しい)人が多かったのでしょうか?

李:もちろん多かったですね。私自身も1970年代、小学校に通っていた時代にお弁当を持って来れない子ども達が教室に必ず4、5人いまして、アメリカからのパンとミルクをもらって食べたりすることもありました。

西村:やはり今の感覚とは違うところがよくわかって面白いですね。ありがとうございました。

注:原作小説を確認したところ「医者に診せたことがないので、妻は何の病気か分からない」という設定でした。また、食べていたのは「米」ではなく「粟(あわ)」です。粟飯すら事欠く極貧生活ということになります。



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tag : 花コリ 名古屋 トーク録 韓国

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