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花コリ2016大阪会場アン・ジェフン「そばの花、運のいい日、そして春春」監督トーク録

花開くコリア・アニメーション2016大阪会場

4月2日(土)18:00~19:30
大阪韓国文化院 ヌリホール
ゲスト: アン・ジェフン(「そばの花、運のいい日、そして春春」監督)
パネリスト:津堅信之(アニメーション研究家)
通訳:田中恵美
共催:駐大阪大韓民国総領事館 韓国文化院



(トークの最初に、アン・ジェフン監督が1998年に制作した『ヒッチコックのある一日』を上映しました)

アン・ジェフン(以下「アン」):いまご覧いただいた『ヒッチコックのある一日』は、18年前に作った作品です。この作品を通じて、初めてお会いできた方もいました。でもあらためてスタッフのクレジットを見ていると、長く時間が経っているので、もう亡くなられた方もいらっしゃいます。久しぶりに見たものですから、急にさまざまな思いがわいてきました。若いころの姿を振り返っているような気持ちになりました。

■『ヒッチコックのある一日』(1998)
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津堅信之(以下「津堅」):津堅と申します。花コリのトークで司会進行をさせていただくのは、今日で3年連続3回目です。アニメーションの歴史を研究をしており、大学ではアニメーションの歴史を教えていますが、毎年こういう形で、韓国の最新のアニメーションに触れることができることを、非常に楽しみにしています。今日ここにお越しの方は、プラネットで上映されていたアン・ジェフン監督の作品、『そばの花、運のいい日、そして春春』(以下『そばの花』)をご覧になってから来た方もいらっしゃれば、まだの方もいらっしゃると思うのですが、後ほどそのメイキングの映像をお見せしますので、それをまずご覧いただいてから、監督にお話を伺いたいと思います。いまご覧いただいた『ヒッチコックのある一日』は、ヒッチコックの作品をご存じの方なら、二倍三倍楽しめたのではないかと思います。監督に質問したいと思いますが、これはインディペンデント作品として作られたそうですが、この時のお仕事というのは、どこかスタジオに所属して、アニメーションの仕事をされていたんですか?

アン:スタジオで仕事をしながら、作品を作っていました。スタジオが地方に分所を設けておいたのですが、そこでは少し仕事に余裕があり、時間も作れたので、空いた時間を使って制作しました。

津堅:そういうなかで、いまも多分、インディペンデントで作られたり、商業的なものを作られたりされていると思うのですが、今回日本で紹介された『そばの花』は、三部作というか、短編作品を組み合わせたオムニバスの長編ですよね。こういった形式の作品づくりに至るまで、『ヒッチコックのある一日』からの18年間、どんな形でアニメーションの仕事をされてきたのか、ご紹介いただければと思います。

アン:私は、韓国で1992年9月16日に、アニメーションの道に入門しました。ですので、24年間携わっていることになります。大きなプロダクションでの動画から始めて、いまは韓国でスタジオを持って、若いスタッフたち一緒に制作をしています。スタジオとして、途中で諦めずに、小品から商業的な作品まで長い間制作を続けてこられたのは、韓国では非常に珍しい例であり、大変なことだなと、自分でも思っています。ともすれば、あまりに大きな目標を立ててしまい、道を見失うこともあったかもしれませんが、私たちの場合は、いきなり大規模な商業作品を手がけようとせず、インディペンデントの作品などの小品を通じて観客の方々と出会ってきました。こうした観客のみなさんのご支援が、いままで歩んでくるうえで大きな力になってきましたし、これからも力になると思います。韓国において、私たちのようなスタジオが目指す方向性が、商業的であるのかあるいはインディペンデントな方向なのか、このふたつの道がありますが、それだけではない新しい方向性を目指そうと思って、日々努力しています。


■『そばの花、運のいい日、そして春春』のメイキング映像が上映されました。


津堅:『そばの花』のタイトルですが、僕、最初に見た時に”春春”を”青春”って読んじゃったんですよ。同じように誤読した人が、何人かいるんじゃないかと思うんですが(笑)。さっき監督にこの話をしたら、「とてもおもしろい」っとおっしゃるんですね。韓国語で、この春春は、オリジナルのタイトルでは、『春・春』と真ん中に中黒が入っていて、いま、日本語で表記した時の読み違えが、非常におもしろいとおっしゃっていました。先ほど『そばの花』をご覧になった方は、どのくらいいらっしゃいますか? 半分くらいですね。まだの方は、後日にも上映がありますので、ぜひご覧になってください。いまメイキングをご覧いただいて、どんな作品なのか少し分かる部分もあると思いますが、これは、1920年代から30年代に韓国で発表された短編小説を3編選んで、これを映像化したものです、正直、私はこの作品を見るまで、その時代に韓国で書かれた小説を全く知りませんでした。ですから、見たものについては本当にどれも興味深くて、大変感動したのですが、現代の韓国の人たちにとって、この時代短編小説はどういう意味があるのか、どういう位置付けなのかを、まず最初に伺いたいと思います。

アン:公開アニメーション化した作品は、私たちより年上の世代の方々にとっては、教科書で接した記憶のある文章ではないかと思います。いまの若い人たちは、教科書からこれらの作品が無くなってしまったので、多くの人たちは、存在すら知らないのではないでしょうか。学生たち、いまの20代の人たちに、前の世代の文化を簡単に忘れてしまうことは、やがて自分たちの世代自身も簡単に忘れられてしまうのではないか、そんなことを考えてもらうきっかけの作品になると思います。いま、韓国の40~50代の世代の方々は、自分たちが成し遂げてきた急速な経済成長の成果にばかりとらわれて、その前の世代の人たちがどのように生きてきたのかを、とてもおろそかにしているのではないでしょうか。また、いまの韓国の文化がすべてそうではありませんが、文学などのエンターテイメントな文化が、非常に個人的なテーマにのみ偏っているのではないかと思っています。今回取り上げた作品の時代の文学者たちは、人々が共に生きていくことやその環境、その時代の人々の声に耳を傾けてきた世代でした。現在の日本の若い小説家たちも、個人的なテーマを表現して、大きなファン層を形成しているようですが、例えば浅田次郎のような、いろいろな人々の物語や歴史を集めてストーリーを作り上げるような作家活動をされている方もいますね。今回取り上げた世代の方々の作品も、そういう世界に近いものがあると思います。

津堅:そういった、若い人たちが忘れてしまっている韓国の小説の世界、そういうものを映像化する、しかもアニメーションで行ったというその理由、またアニメーション化するにあたって監督が特に気をつけたこと、こだわったことがあれば聞かせてください。

アン:理由はいろいろあるんですが、アニメーションはひとりではなく、さまざまな人たちが関わり合いながら、各自の暮らしや、生きることのすべてを捧げて作らなければできない作業です。ですから、しっかりした理由がなければ、作品を作ることはできません。なので、この作品を作る前に、いろいろな理由を考えました。もっとも大きい理由は、”世代間を結びたい”という気持ちです。いまの韓国社会では、例えば祖父→父→息子といった、それぞれの世代の感性のつながりが、非常に遠くなっています。つながりとは、誰かを理解することから生まれるものだと思います。このような作品を通じて、祖父や父親が生きてきた道のりについて、若い世代の人たちに、もっと分かりやすく理解できるような方法で見せたい、そういう気持ちがあります。いま、韓国では、幼児向けのアニメーションが非常に発展しています。しかし、大人が見るような作品は多くありません。子どものころには、(子ども向け作品のような)砂糖菓子のような甘い作品も必要ですが、ちょっと退屈かもしれない、いろいろと考えながら見なければならないような作品も、時には必要ではないかと思います。大人や若者たちが、韓国のアニメーション映画を、映画館で見ることはあまりありません。そういう人たちが、この作品を通じて、映画館でアニメーションを鑑賞する時間、また映画館の座席に座っているその時間を大切にするような、そういう文化をつくっていくうえでの一助になればと思って、この作品を手がけました。また、韓国以外の地域の人たちにとって、ハングルは覚えやすい文字ではありますが、やはり小説にすると理解の難しい部分があるので、アニメーションとして紹介することで、それらを理解してほしいという気持ちもあります。

津堅:私が今日聞いてみたかった内容が、いまのお答えにたくさん含まれていて、とてもうれしいです。というのは、作品を事前に拝見したのですが、大変感動したんです。感動した大きな理由がふたつありまして、ひとつは、三つの物語すべて男性が主人公でしたが、みんな非常に不器用ですよね。思ったことも話せない、そういう不器用さに、自分自身のことが描かれているような、そういう気がしたんです(笑)。自分の世代に近い主人公も出てきましたし。そういう意味で、非常に感情移入する作品でした。もうひとつは、いまちょうど監督がおっしゃったように、どういう観客をターゲットにして作ったのか、ということです。ちょっと専門的な話になりますが、日本のアニメーションは、もちろん子どもをターゲットにして作られるものがたくさんあります。一方で、いわゆるアニメファンと呼ばれる、高校生以上の世代のファンに向けて作られているものも数多くあります。あとは、昔アニメファンだったけれども、いまは大人たちが、変わらず見ているケースもあります。スタジオジブリの作品のように、ファミリーで見に行くタイプの作品もあります。ところが、普段はアニメーションを全然見ないけれども、映画としてアニメーションを楽しむという、そういう観客を対象にした作品って、やっぱりほとんどないんですよ。実は、いまそういう方向性で制作しようとしているアニメーション監督は、日本にも何人かいるんですが、企画書を出そうとすると、会社側にはファミリー向けと受け取られてしまうそうなんです。ファミリーではない、あくまで普段アニメーションを見ない大人たちのために作りたいと思っていても。日本でも、アニメーションの観客層として開拓されていないところがあるんですね。いま監督のお話を聞いていて、まさにそういう層の人たちに見てもらいたい作品として作ったのかな、という気がしました。もちろん、若い人たちに忘れられている韓国の小説を、もう一度知ってほしい、という意図もあったと思うんですが、それ以上に、アニメーションを映画館で見たことのない観客に、そういう時間を大切にしてほしい、という思いを伺って、私も非常にうれしくなりました。日本でも、まさにこの作品が対象にしている観客に向けて作るためには何が必要かと、いま模索しているんですよ。そういったことに対して、思うことがあればお聞かせください。

アン:とても良い質問をいただいたのに、私も日本語ができたら、もっといろいろと深い話がができるだろうと思って、いまとても申し訳なく思っています。

津堅:僕も韓国語ができなくて、申し訳ありません(笑)。

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アン:ネイティブ・アメリカンのことわざに「老人がひとり死ぬということは、博物館がひとつ無くなることだ」ということばがありますが、私は、自分よりも年長の人がとても好きなんです。韓国の年長者たちは、日々の暮らしに精一杯で、同時代の作家がどんな文章を書いていて、同時代の他の人がどんなことに苦悩しているのか、そういうことを文化的に楽しむことができないまま、おじいさん、おばあさんになろうとしています。そんな方々から、映画館で生まれて初めて触れたアニメーション作品になった、という感想をいただくことがあります、それは私にとって、とてもうれしいことです。私も、韓国でもっとも成功した子ども向けアニメーションの制作に参加したことがありますが、子ども向け作品を企画するとき、”子どものための”というフレーズが、本当に子どものためなのか、子どものためのものから派生する商品のことなのか、自分の中でひどく混乱した経験があります。さらに、大人向けの映画を制作したときも”大人のため”というフレーズが、その観客が映画館で座っている間に、殴る刺す殺すの映像を見せて時間を忘れさせるのか、あるいはその座っている時間が、その後映画館を出た瞬間に、自分の人生について愛情を持てるようになることなのか、そんなことを考えたこともあります。そして、壮大なテーマや目標を掲げて何かを作るというよりも、自分の年齢相応に、自分が経験し、自分が見聞しただけの深さをもって、最善を尽くして制作し、「あそこのスタジオで作ったものは、ちょっと違うぞ」と、羨ましがられるというよりも、こういうものを作るスタジオがあるのだと感じてもらえるような、仕事をしていきたいと思います。自分が作る作品においては、その作品と出合う観客に対して、彼らがどういう観客なのか、どんな話を聞き出せばいいのか、どういうものを表現すればいいのかについて、際限なく悩みぬき、制作する努力をしています。

津堅:繰り返しになりますが、私も、『そばの花』を見終わった後に、「あっ、これだよこれ!」と思ったんです。いま日本で、新しい分野のアニメーションを作るとしたら、こういう内容、こういう観客層で、何を伝えたいのかを含めて、こういった作品が日本でも作られることが、必ずあるはずですし、そのときに必ずそれが受け入れられる土壌が日本にもあると思えたので、とてもうれしかったんです。また、年少の子どもではない大人の観客が見て、感じ取ることができる作品になっている、その理由はいろいろあると思いますが、自然環境の描き方に、その一因があるように思います。植物や花、水の流れなど。それは必ずしもリアルに描かれているというわけではなくて、感情を込めて描かれているというか。メイキングにも出てきましたが、夜の星空の下の花畑で、三世代の男性が歩いている場面で、虫の声がとてもきれいに聞こえてきましたよね。虫の声が聞こえてくるということは、特に日本で生きてきた人は、その音から何か思い出すようなことが、あるような気がするんです。子どもの時に夜の道を歩いた記憶とか。そういうリアリティが、作品の中にあるのだと思います。虫の声や花、水の流れなど、自然環境をアニメーションで描くうえで、監督は普段気をつけていること、工夫されていることは何かありますか?

■そばの花のシーン
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アン:自然環境を描くことに関しては、日本のアニメーション作家の方々も、日本の山や路地裏などいろいろな場所を歩いて、ロケハンをしているのではないかと思います。この作品について、自然の描写が良いと言ってくださるのも、どこが上手に描けているとかそういうことでなく、日本ともまた異なる、韓国ならではの風景を描こうと努力したところを見てくださっているのだと思います。アニメーションは、実態を映すものではないので、描き方を誤ると、アジア特有のものを描いても、その他の地域の人が見たら、ただ日本映画や韓国映画に出てくる風景と似ているなあ、くらいに感じられてしまうのではないでしょうか。日本の作品も、ロケなどさまざまな努力によって、現在のレベルにまで達したのだと思いますし、私も韓国で、韓国の風景や自然をスタッフたちとよく学び実際に見て、同じアジアではありますが、それぞれに固有の魅力的な暮らしの基盤を表現しようと努力しています。そこでもっとも大事なのは、私は”観察”だと思います。”観察”ということばこそが、アニメーションという大変な職業を務めていくうえで、いちばん幸福な瞬間ではないかと思います。ですので、韓国でこの作品を制作するにあたり、韓国のさまざまな自然を観察してきましたが、その瞬間瞬間が、とてもうれしく幸福でした。いま大阪に来て、大阪の街をあちこち歩いていますが、この街は描きたいものが多くていいなあ、と、とても楽しい気持ちになりました(笑)。カフェやお店の前にある、きれいなオフジェではなくて、路傍にある素朴でかわいらしい心を、いつか自分が何かを描くとき、その心までを込めて描けるような、境地に至りたいと思っています。

津堅:私は、絵を描くというかたちではありませんが、研究者としてアニメーションを見て、大学で教えています。そのときに自然環境、街の風景はまた別ですが、植物などを興味を持って描こうとする若い人が、非常に少ないんです。例えば、学生にとって身近なところでいうと、宮崎駿監督の作品を見ていると、作品によって植物の描き方、木の描き方でも、全く違っているんです。宮崎監督は、当然それぞれに理由があって変えているんですが、そういうことを授業で説明して初めて、学生たちが気づく、ということが時々あります。韓国では、そのあたりはどういう状況なんでしょうか。アン監督のスタジオでの、若い人たちの様子。そこからもう少し広げて、韓国の現在のアニメーション事情、若い人たちの取り組み方について、思うことがあればお聞きしたいです。

アン:まず、スタッフに一番初めに「絵を見て絵を学ぶな」と言います。いつか、自分で物語を作るためには、いまはスタッフであっても、これから自分の絵を描いていくためには、絵の第一歩は、上手な誰かの絵よりも、実際にある木や葉っぱや虫、そういうものを描くことです。私は前から、スタジオをある程度以上は大きくしないようにしているのですが、ひとりひとりの絵柄や表現を持てるように、そのスタッフが自分で物語を作れるようになってほしいので、ある程度小規模な環境の中で絵を教えています。韓国のアニメーション全体のことはよく分かりませんが、ハリウッドで何千万人の観客を集めたすごい作品があるとか、そういう壮大な夢を掲げてしまうせいで、逆に厳しい状況に置かれているのではないかと思います。一千万人を集める映画には、それ相応の会社の規模や細かい分業が必要ですが、私は、韓国ではそうではなくて、相応のそれほどに多くない観客を対象にして、多様なアニメーションが数多く作られることを望んでいます。韓国は、実写映画においても、一千万規模のヒットを狙う方向で興行されてきた結果、以前は日本の独立系映画のような多様な作品をたくさん見ることができたのに、現在は数字上の成功ばかりが優先され、上映作品の多様性が失われてきています。私は、自分が作るアニメーションでは、規模を求めるのではなく、韓国でアニメーションを学ぶ人たちが、小さなスタジオで、小品でも多様性のある作品を作っていくような文化が醸成され、面白い作品がたくさん出てくること、そんな理想のために、業界の人たちと手を取り合い、共に頑張っていきたいと思っています。現在、大阪韓国文化院でも、韓国映画を紹介される際に、韓国で大ヒットした作品を中心に上映されているようですが、私としては、いまご覧いただいているインディーズ・アニメーションのように、より多くのことを感じることができ、文化が一層多様化する、そんな作品が、もっとたくさん作られていってほしいし、互いに交流がなされればよいと思います。そうした意味において、インディーズ・アニメーションの作品をここまで見に来てくださったみなさんは、韓国でも日本でも、世界の文化において、健康的な多様性を維持するために共に歩んでくれるみなさんだと思います。

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津堅:ありがとうございます。そういえば、『ヒッチコックのある一日』を上映した後に、監督がお話しした中で、24年間アニメーションの世界にいるとおっしゃっていましたが、それだけ長い間アニメーションに携わることができたのは、あまり大きな目標を立てずに、大きな目標を立てていたら自分を見失っていたかもしれないけれども、それをやらずにインディペンデントや小規模な商業作品を中心にやってきたから、ここまで続けてこられた、と言われていたのを思い出しました。おそらく、いまの若い方にも、そういう考え方や取り組み方を実践して、伝えようとしているのではないかと思いました。そいういえば、僕はアニメーションを教える大学に10年以上いるんですが、目標は大きく持とう!なんて、いまだに言っている気がします(笑)。あまり良くありませんね。僕も、監督に教えられたような気がしながら聞いていました。

(質疑応答。まず、事前に頂いていた質問の中から、津堅氏が紹介する)

津堅:インドのアニメーションの制作に関心があるのですが、現地ではインドのチリや文明、文化を描写しながら、エンターテインメイト性を盛り込むような作品が作られています。今回の『そばの花』にも同じような性格を感じたのですが、アニメーションの中にドキュメンタリー性を融合させるような作品を作る際に、留意していることはありますか? アニメーションの中で、ファンタジーではない事実を、記録映画的に描くときの注意点には、何かありますか?

アン:まず、私にとっては、写実的にドキュメンタリーとして表現する方が、ファンタジーを表現することよりも、むしろ容易なのではないかと思っています。日常から、日常をファンタジーとして表現することは、宮崎駿監督の作品をはじめとして、多くのインディーズ作品でも、そうした試みが行われています。絵に例えれば、ピカソが膨大なデッサンの末に抽象画を描くように、私から見れば、ファンタジーの方がはるかに高い境地にあるもののように見えます。私はいま、私たちが生きる世界の風景や人間を、正しく確かに捉えようとしている段階にいると思います。ある意味、ラブレターのようなものです。いつの日か、その境地を超えられたなら、その土台の上に、自分らしいファンタジーの境地を築いてみたいと思っています。とはいえ、ファンタジーを作りたいと決心することができても、実在の事物を描いている中で、自分が思ってもみなかった発見をすることもあり、(写実的な方向をもっと追いかけてみたいと)迷ってしまう。どちらを目標にすべきかと悩むことも多いです。例えば、会場に東京芸術大学の村上寛光さんがいらっしゃいますが、村上さんの似顔絵を何度か描かせていただきました。同じ方の顔なのに、描くたびに違う顔が見えてくる。それは、村上さんが生きてきた歳月の中にある、ひとつのファンタジーなのではないか、そう思いながら、似顔絵を描かせていただいたりしています。

(この後、フロアからの質問を受ける)

質問者:前回の長編の『大切な日の夢』を見て以来、これほど次回作が楽しみな監督さんはいないというくらい、アン監督のことを尊敬しています。シリーズの次回作となる短編小説作品も決まっていると聞いていますし、また昨年のアヌシー国際アニメーション映画祭で見本市部門に選出された長編の進行など、次回作についてお話を聞けたらと思います。

アン:『大切な日の夢』は、自分を忘れないでほしい、という意味があったとすると、次回の長編の『千年の同行』(日本語タイトルは仮題)は、頑張って力強く生きていくというよりは、見終わった後に、心の底から自然に生きることへの希望が湧き上がってくるような、そういうテーマの作品にしたいと思って、進めているところです。また、その次の長編作品は『アシア』という企画を準備していますが、これはちょうど今日の正午に、カフェでシノプシスを完成させて、ソウルに送ったところです。『千年の同行』も、実は以前に横浜にいった時にホテルでシノプシスを書いていたので、横浜に滞在していたの時の感覚が、作品の中に取り込まれているのではないかと思っています。今年公開予定の『夕立ち』『巫女図』という短編は、私にとって非常に特別な作品です。特に『夕立ち』は、『冬のソナタ』を始め、あらゆる韓国ドラマがその影響を受けた、”原型”ともいえる小説です。これまであまり映像化されてこなかった作品ですが、その理由は、本当に何も起こらなすぎる物語だからです。(笑い)『夕立ち』が映像化されれば、韓国のドラマ作家たちは、「あっ、自分の元ネタは全部これだ」と気づくでしょう。『巫女図』は、私の知る限りでは、日本ではそういうことがあまり顕著でなかったかもしれませんが、韓国は、キリスト教が布教されるのに伴って伝統的な信仰などにさまざまな影響があって、紆余曲折が多かったのです。そのことをもっとも強烈に、破格的に描いた作品です。韓国の”クッ(土着信仰の祈祷)”や伝統舞踊にミュージカル的な要素を織り交ぜて、とても苦労しながら制作しています。いま思いついたことですが、『大切な日の夢』の中で、少年と少女が出会う場面はワンシーンが非常に長いのですが、実写で撮影するには非常に難しい演出になると思います。ただ、アニメーションなら可能だと思って、そういうシーンを入れてみたことがあります。『巫女図』でこの前完成したカットがあるのですが、1カットで2分弱と、非常に長いカットになっています。1カットで、ファイルが1,370MBに達するくらいの作画をしましたが、『大切な日の夢』の長いと言ったシーンの記録を破っていると思います。

質問者:アン監督の作品は、いつも楽しく拝見しています。今回の作品も、人と出会うことで、人が少し変化していくという瞬間を、非常に的確に捉えているように思うのですが、出会いの瞬間に人生が変わる、というようなことに、強い関心をお持ちなのかと思えて、それをお聞きしたいです。

アン:実は、『そばの花の咲く頃』も、韓国のドラマなどで数多く引用される素材のひとつです。最近では、携帯電話など、コミュニケーションを常に取れるような環境になっているので、この作品で表現されている切々とした思いが、失われている気がします。当時はそういう、思うようにならないことの切なさのようなものが、現代より多く体験されていたのではないかと思います。初恋ではなかったとしても、それぞれの人生を振り返って、同じような体験や気持ちを思い出させ、考えさせられてしまう、深みを持った作品だと思います。また、人生の中である頂点に至った時に何かに出会うような、そういう仕掛けのようなストーリーが、私は好きなんです。原作小説の中で、主人公と女性が一晩を過ごす場面を表現した一文があるのですが、李孝石先生の「무섭고도 기막힌 밤(考えてみれば怖いようで楽しい夜だった)」というそのフレーズを、私はとても気に入っています。

津堅:ありがとうございます。今日は、アニメーションの専門的な話というよりも、韓国の現在に至る文化的な背景や、その中でアン監督が表現される人間や自然などの秘密を伺う、という場にしてきました。お楽しみいただけましたでしょうか。

(この後、アン・ジェフン監督がお土産に持ってきたスタジオ手作りのろうそくを、参加者全員でじゃんけんを行い、勝ち残った方にプレゼント)
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スタジオの代表作がパッケージされた ろうそく
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アン:ろうそくをお持ちしたのには、実は理由があります。3DCGのようなハイテクノロジーのアニメーションが、光度だけを追求した蛍光灯の明かりだとすると、2Dアニメーションは、ろうそくの明かりのように暗いけれども味わいのあるものだなと思って、ろうそくを作ったんです。私よりもずっと年上の方も来場してくださり、本当は、私が年長の方のお話を聞かなければいけないのに、でしゃばって自分ばかりたくさん話してしまい、申し訳なく思います。もし機会があれば、みなさんからいろいろなお話を聞きたいと思っています。ありがとうございました。




■アン・ジェフン(「そばの花、運のいい日、そして春春」監督)
1992年にアニメーターとしてキャリアをスタートさせ、「ヒッチコックのある一日」('98)、「純粋な喜び」(2000)などのオリジナル短編、「アニメ 冬のソナタ」(2009)など商業作品の演出を経験。2011年に初の劇場用長編「大切な日の夢」が公開され、日本をはじめ世界各国で上映される。現在、2018年公開予定の長編「千年の同行(仮題)」を制作中。制作スタジオ「鉛筆で瞑想」主宰。
スタジオ「鉛筆で瞑想」Webサイト
日本語による「鉛筆で瞑想」応援ブログ (韓国「カトリック大学校」日本語日本文化専攻の学生グループによる制作)


■津堅信之(つがた のぶゆき/アニメーション研究家)
1968年生まれ。アニメーション研究家。著書に「アニメーション学入門」(平凡社新書)、「日本のアニメは何がすごいのか」(祥伝社新書)など。
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