花コリ2015名古屋会場 アン・ヨンヘ「亀裂」監督トーク録

7月4日(土)18:15短編Cプロ「四角のフレーム」終了後

ザ・社会派アニメーション
社会問題をエンターテイメントにまで昇華させるのは韓国映画の大きな特徴のひとつ。それはアニメーションにも引き継がれている。学校における問題をハードに描いたジン・ソンミン監督『かたつむり』は、『トガニ 幼き瞳の告発』『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』『豚の王』に匹敵する衝撃的な問題作。「いのちの電話」にかかってきた1本の電話が究極の葛藤を呼ぶアン・ヨンヘ監督『亀裂』は、映画的快楽にあふれた秀作。本年のゲスト、ジン・ソンミン監督とアン・ヨンヘ監督は、ポン・ジュノはじめ著名な監督を輩出している韓国映画アカデミー出身。同校では『マリといた夏』『悪心(アクシム)』のイ・ソンガン監督に師事している。

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ゲスト:アン・ヨンヘ(短編Cプロ「亀裂」監督)
1985年、京畿道生まれ。桂園デザイン芸術大学視覚芸術学科を卒業した後、韓国映画アカデミーでアニメーション演出を学ぶ。「亀裂」(2014年)は、ミジャンセン短編映画祭2014に招待されたほか、アヌシー国際アニメーション映画祭2014でGraduation Film部門にノミネートされた。

司会:西村嘉夫(シネマコリア)
通訳:田中恵美

アン・ヨンヘ(以下アン):『亀裂』を制作したアン・ヨンヘです。

西村嘉夫(以下西村):タイトル『亀裂』は簡潔で非常に意味深なタイトルですが、このタイトルに込めた意味や思いを教えてください。

アン:この作品の主人公となる母親の感情で、娘さんのことで大変な悲しみを抱えており、そこへ加害者が謝罪してくることによって感情のバランスが崩れていく、亀裂が生じていくことを表現したくて、このタイトルにしました。

西村:この作品のきっかけといいますか、何か実際に似たような事件が韓国であったのでしょうか?

アン:学校での暴力について関心がありました。それで学校での暴力事件についてあちこち取材していました。ソウルの漢江にある大きな橋で、ちょうど自殺をしようとしていた女子学生に出会い、その時はあまり話ができなかったのですが、最初は自分が出くわしたことを物語にしようとしていました。いろいろと資料を調査していくにつれて、シナリオの取材のために本を読んだのですが、そこに書かれていた内容というのが、実際に息子さんの自殺を体験した母親の手記でした。その本から影響を受けたところは、その母親が家を空けていた時に息子さんをいじめていた息子さんの友人たちが家に来て、そこで息子さんがいじめられていたのですが、母親がそれに気づかず自責の念にかられているというところです。その事件の後に、加害者本人や親御さんが謝罪に来るわけですが、母親はその謝罪をどうしても受け入れられない、謝罪自体がいわゆる二次被害となり、死の後に起こることによって余計に傷ついてしまうということに非常に大きな影響を受けました。

西村:今日のトークに備えて『かたつむり』と『亀裂』を見直しましたが、2本続けてみると、まるで『かたつむり』の続編が『亀裂』になっているように思えました。『かたつむり』のソンファンという男の子が親友の男の子がいじめられ、自分の身を守るために自分もいじめの加害者になっていくという、彼の場合は良心の呵責により泣いちゃうわけですが、その後に『亀裂』を観ると、電話をかけてきたナヨンという女の子がソンファンの生まれ変わりのように思えました。ジン・ソンミン監督の『かたつむり』は2013年作で、アン・ヨンヘ監督は同じ韓国映画アカデミーで2014年にこの作品を制作されています。続編企画なのでしょうか?

アン:この作品は2014年といっても2月に完成していました。シナリオの段階では、『かたつむり』の内容は知らなかったので、ストーリー的に影響を受けたということはありません。ジン監督は韓国映画アカデミーでは先輩で、作品制作の際に指導を担当してくださったのですが、その時にいろいろなノウハウですとか、個人的にも大変力になっていただきました。そういう意味でいい影響を受けていると思います。

西村:さきほどお話を伺ったら、ジン・ソンミン監督とアン・ヨンヘ監督は、韓国映画アカデミーに入る前は同じ桂園デザイン芸術大学に通っていたそうです。名古屋に来て、初めてその事実に気付いたそうです。この作品は電話を通じた会話劇なのですが、電話をかけてきた少女ナヨンと、自殺をしてしまった少女ミジン、そしてその母親との関係が実際どのようなものだったのかは、観客の想像にゆだねられています。そこを想像するのがすごく楽しいのですが、監督としては何か設定があったのでしょうか?

アン:この作品を作るとき、作るだけでも非常に苦労したので、設定等を考える余裕はありませんでした。ただ母親の娘のミジンとナヨンは被害者・加害者という関係ではあったのですが、母親が無関心であったとか、そういうところまでは考えていませんでした。細かく設定はしてないのですが、ただこの話というのは、どこでも誰にでも起こりうることだと思います。

西村:この作品はたった7分の作品ですが、内容の濃さは長編1本分と感じます。そういう背景のいろいろな人間関係も膨らませていくと1本の長編になったりするのかなと個人的に考えています。経歴について伺いますが、大学では何を勉強されていたのでしょうか? 『亀裂』が初めて作ったアニメーションでしょうか?

アン:『亀裂』が初めて作ったアニメーションです。ただ、韓国映画アカデミーに入る時にポートフォリオが必要なので、短いアニメーションを出したりとか、実写のフィルムも作って提出しました。これらは人に公開していませんし、自分でも習作だと思っています。アカデミーに入る前は大学で時間芸術といいまして、いわゆるビデオアートについて専攻していました。高校の時は漫画同好会にいて、大学に入ってからは映像を主体にした勉強をしていました。その際に短編アニメーションの制作に関わる機会があったのですが、その時の監督さんに影響を受けてアニメーションを作るようになったと思います。

西村:その影響を受けた監督というのは有名な方なんですか?

アン:影響を受けたといっても、大学に入って、ちょっとやってみるかと言われたぐらいで、そんなにものすごい影響を受けたわけでもなく、監督さんといってもちょっと短編を作っているだけでそんなに有名ではありません。

<質疑応答>
観客その1:小道具の細かさにすごく惹きつけられました。ペンや紙、紙を留めているボード、そういったものが細かいなと思いました。その中でも一番目を引いたのが電話機で、ボタンやコード等すごく細かく描かれていると思いました。人の動きもかなり細かくて、かなり苦労をされたと思うのですが、その上に動かない小道具を細かく描いたことについて、演出上の意図や、あるいは何か監督の思い入れがあったのでしょうか?

アン:背景の部分は、背景専門のスタッフに作ってもらいました。非常にいい仕事をしてくれたと思います。小道具、特に中心になる電話機やメモについては非常に神経を遣って描いています。というのもあの狭い空間の中で、人間の動きだけで表現できる内容というのは非常に制限があるので、小道具などを使った細かい動きを利用して感情を表現しました。

観客その1:非常によくわかりました。感想ですが、アニメーションにはいろいろな形があると思いますが、細かい背景と絵や動きの細かさで魅了する監督の作品にすごく感動しました。ありがとうございました。

西村:母親は電話口で声色は変えられないわけですよね。ナヨンが自殺しようとしていて、電話カウンセラーとして、それを止めようとしているわけですから。声は平静を保っているのだけれど、心はものすごく揺れ動いているわけで、それを表現するために鉛筆をポキっと折ったり、紙をこすりあげたり、電話機をカリカリひっかいたり。ああいう描写で、表現が限られている中で、人間の心の動きを描写しきっているのはすごいと思いました。人間観察は普段からよくされているのでしょうか?

アン:観察力というのは大事なもので、監督というのは普段から鋭い観察力で作品を作っているのだと思います。私はそういう観察力が不足している方だと思っています。作品の中で、限られた空間の中で、感情を表現しなければならない、また限られた物しか置いていないという空間の中で表現しなければならないので、そこは非常に悩んでいろいろと考えました。その中で平凡に見えないように、どういう風に感情を、物なり、動作を使って表現していくかということをよく考えました。特に目新しいものはそんなに多くなかっただろうと思います。

西村:一見、目新しさはなくとも、それをうまく構成して1本の作品に仕上げていくのが監督の役割ですし、すごいと感じました。

観客その2:折れた鉛筆で、紙に横線を引いているように見えたんですが、紙に書いてあるのが韓国語だったので、何が書いてあるかわからなかったのですが…。物語の重要なことだったら、なんて書いてあったのか教えていただきたいです。

アン:書いてあった内容は相談を受けるときに、相談員が最低限こういうことは守らなければならないという規則です。

観客その2:特に自分がその内容の中で自分が守らなければならないという意味で線を引いていたわけではないんですね?

アン:こすっている部分には特に意味はないです。自分が意図したのは、マニュアルは相談員として守らなければならないことですが、折れた鉛筆で線を引いている行為は、相談員が守らなければならない任務というものを母親の感情が拒否しているという心の動きを表現したかったのです。自分がやらねばならないことと、それを拒否しているという相反する感情を表現しようとしました。特に折れた鉛筆でこすっているというのが強い感情を表現できると思いました。

観客その3:この作品を渋谷の会場(東京会場のアップリンク・ファクトリー)で初めて観たとき、短編映画として非常に優れているなと印象深かったのですが、今年の米アカデミー賞短編実写映画部門の受賞作が、『The Phone call/一本の電話』といって、やはり自殺者の電話を受け取る職業をしている女性の話だったので、ちょっと共通性に驚きました。『亀裂』は非常に写実的な描写と写実的なキャラクターで描かれていますが、脚本の段階でこういったスタイルをお考えになっていたのでしょうか?

アン:この作品はロトスコープ(実写映像をトレースしてアニメーションを作成する技法)で作っているので、どこまで動きを省略して、心の動きを伝えるかということに非常に神経を遣っています。

観客その3:ということは、人物はロトスコープ用に実写のモデルがいたということでしょうか?

アン:実際に俳優さんに演技をしてもらって、その上から絵を作っていきました。

西村:声優さんはロトスコープの演技をした人と同じ人なんですか?

アン:同じ人です。

西村:手法はアニメーションなんですが、実写の発展形のような…。

アン:発展形として捉えていただけるのは非常にありがたいですが、ただロトスコープというのはディズニーをはじめとしてアニメーションの草創期から使われている技法でもあります。実際、下絵やストーリーボードを制作する段階では、もうちょっとかわいらしい絵にしたり、あるいはストップモーションでやろうかといろいろ考えていました。ただシナリオの内容から考えていくと、やはり実写に近い形がいいのではないかということで、このような形になりました。

*ロトスコープの女優さんの演技に関して、女優さんがあまり演技ができなかったので、手で心理を表す場面を増やし、手だけの演技のところは監督自らの手で演技して撮影した、だから手がずんぐりしているんだ、と後日、飲み会の席で教えてくれました。

観客その4:大変面白く拝見させていただきました。シチュエーション、セリフ、描写、とても素晴らしくて引き込まれた作品です。観ている時は長編作品の出だしのように観ていて、材料が揃ったところで、そろそろ面白くなるぞ、という雰囲気で、唐突に終わってしまったような感覚を持ちました。エンディングというところで、どこで終わりにするか悩まれたのではないでしょうか?

アン:この作品の審査を受ける時も教授の方々に同じようなことを言われました。最後の部分で私が見せたかったものというのは、電話が切れてしまったけれども、母親は相談員として次の電話を受けるなり、仕事を続けなければならない。ただ自分の感情は完全に壊れてしまっている。相談室という密室の中にいて誰にも助けを求めることができない。そういう母親の状況を最後にみせたいと思いました。終わりの部分を固定した絵として終わらせるかどうかを教授と相談したりもしました。教授からは静止画で終わるのはアニメーションなんだから、それはどうかと言われ、もう一つ考えたアイデアというのが密室の相談室を監獄に見立てて、そういう処理をして終わらせようと思ったのですが、それを背景担当に伝えた時に、伝え方がうまくいってなかったのか、絵的にかなりおかしなものになっていて、監獄で終わらせたらちょっとまずいものになりそうだったので、それもやめました。

西村:教授とはどなたですか?

アン:静止画で終わらせるのはどうなんだ?とおっしゃったのはイ・ソンガン監督です。

西村:先ほどのジン・ソンミン監督もそうですが、アン・ヨンヘ監督も韓国映画アカデミーで学ばれていまして、『亀裂』は卒業作品ですので、先生からいろいろと指導が入ります。今、お話に出ましたイ・ソンガン監督の作品は、花コリ2015 Aプログラムの最後の作品で『悪心(アクシム)』が明日上映されます。では、最後に監督の今後のご予定をお聞かせください。

アン:今回の作品では非常に苦労したので、次回は簡単に作れる短編作品を作ってみようと思っています。私の作品だけを観に来てくださったわけではないと思いますが、他の作品もとてもいい作品が集まっていたと思います。天気が悪い中、遅い時間まで観ていただきありがとうございました。
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