花コリ2015名古屋会場 ジン・ソンミン「かたつむり」監督トーク録

花コリ2015名古屋会場
ジン・ソンミン(短編Bプロ「かたつむり」監督)トーク録


日時:7月4日(土)14:45短編Bプロ「三角のバランス」上映終了後
ゲスト:ジン・ソンミン(短編Bプロ「かたつむり」監督)
韓国映画アカデミーでアニメーション演出を専攻。2011年「Good night baby」、2012年「I am」に続き、2013年に「かたつむり」を発表。本作は数多くの映画祭に招待され、カン・ドンウォンらが名誉審査委員を務めたミジャンセン短編映画祭2014ではミジャンセン賞を受賞した。
司会:西村嘉夫(シネマコリア)
通訳:田中恵美

ジン・ソンミン(以下ジン):こんにちは。韓国から来ましたジン・ソンミンです。ご招待いただきありがとうございます。

西村:オリジナルタイトルが『달팽이』で『かたつむり』、そして英語のタイトルは『Mister Lonely』となっているんですが、このタイトルの意味を教えてください。

ジン:原題の『かたつむり』についてですが、かたつむりのイメージが、小さい生き物で薄い殻の中に籠っていて、いかにもすぐに潰れてしまいそうなものなので、そこからインスピレーションを受けました。英語のタイトルの『Mister Lonely』は、ボビー・ヴィントン(Bobby Vinton) の歌の中に『Mister Lonely』という英語の歌があるのですが、その中で人間の寂しさについて歌われていて、その歌のテーマがこの作品の持っているテーマと合っていると思い、英題にしました。

西村:ボビー・ヴィントンの『Mister Lonely』は、誰もが知っている有名な曲ですが、エンディングのテーマソングに使うことはできなかったのでしょうか?

ジン:著作権の問題もあってできなかったので、この作品では親しい音楽監督と一緒にサウンドトラックをつくりました。

西村:かたつむりは雌雄同体で、オスでもあり、メスでもあるという生き物です。この作品の主人公はマニキュアを塗っているだけなので判断が難しいのですが、性的マイノリティーやゲイを描こうといった意味もタイトルには込められているのでしょうか?

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「かたつむり/달팽이/Mister Lonely」
2013/22:12ジン・ソンミン
家で1人マニキュアを塗るのが好きな男子中学生ソンファン。
友達のヒョノは、彼と一緒にマニキュアを塗ってみる。2人はその手のまま、学校へと向かう。

Director's note
自身の全てを否定する人間に対して真っ向から戦う、1人の少年の姿を見守ってほしい。



ジン:ご指摘の通り、かたつむりが雌雄同体の生き物という意味も込めています。ご覧になってお分かりの通り、そういった性的なコードというのも初めから意図していたものです。

西村:いじめの無限ループの怖さがひしひしと伝わってくる作品なんですが、これは何か基になった事件や出来事、監督の実体験などがあって作品を作るきっかけになったのでしょうか?

ジン:この物語は、中学の時に自分が経験したことを基につくっています(実際にマニキュアをぬっている同級生がいた)。どこにでもあると思いますが、強者が弱者をいじめている学生時代の記憶を基につくりました。

西村:監督は映画学校の「韓国映画アカデミー」で学ばれて、この作品を作っています。韓国映画アカデミーを第一期で卒業されたパク・ジョンウォン監督が『われらの歪んだ英雄』(1992年)という作品で、学校における様々な問題を描いています。また、韓国映画アカデミーで現在教鞭をとっているヨン・サンホ監督の長編『豚の王』を2年前に花開くコリア・アニメーションで上映したのですが、それもスクールカーストを描いた強烈な作品でした。韓国映画アカデミーは、学校における様々な問題を社会問題も絡めて描く伝統のようなものがあるのでしょうか。

ジン:特に学校から、こういう作風で、と強制があったわけではありません。学校には長い歴史があり、その中でいろいろな作品があり、明るい作品もあります。この作品は自分の学生のころの思い出を表現しようと思い、それをできるだけ映画的な形で作ったものでして、それが観客の方々に最適に伝わるように作ったもので、特に韓国映画アカデミーの影響はないと思います。

西村:ヨン・サンホ監督はこの作品を観て何かコメントされましたか?

ジン:ヨン・サンホ監督の授業を聞いていたわけではないのですが、作品審査の時にアドバイスをしてくださり、その影響を受けていると思います。

西村:どんなアドバイスだったのでしょう?

ジン:最後の場面で、いじめられた男の子(ヒョノ)が化粧をして教卓に立つ場面ですが、もともとの演出では教室で自分の机に座り、友達の男の子(ソンファン)をじっと見つめるだけ、という終わり方だったのですが、ヨン・サンホ監督から「もっと強烈に自分の言いたいことが観客に伝わるような演出をした方がいい」とアドバイスを受けました。そのアドバイスがこの作品をつくるにあたり、非常に役に立ったと思います。

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西村:ラストシーンは強烈に印象に残るんですが、監督のお話を伺うと、ヒョノがソンファンをじっと見つめるだけというのも、ものすごく味のある作品になったのではないか、そのバージョンも観てみたいと思いました。監督としては、最後の場面にどのような思いを込めたのでしょうか?

ジン:ヒョノがゲイなのかどうか、私も分かりません。たぶん教室にいる誰もがヒョノがゲイかどうかは分からない、ヒョノ本人も分からないことだと思います。ただ彼は自分がやったことは間違っていないと思っています。ああやって化粧をしてカツラをかぶって皆の前に出ることによって、「お前らが俺に望んでいたものはこういうことだろう。だから一発仕返しをしてやる」という気持ちがヒョノにあったのだと思います。

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<質疑応答>
観客その1:作品を拝見して、実写志向、実写を目指しているように思えたんですが、今回の作品をアニメーションで作るにあたって、どういったことを心掛けたかということと、これからの活動として実写を撮ってみたい気持ちがあるのかどうか?

ジン:実はそういった質問をたくさん受けてきました。それはたぶん私がこの作品で非常に実写的な演出をしたからだと思います。この作品のシナリオ自体が実写的な演出をすることによって、作家の意図が一番伝わる形だと思ったからです。ただ私は昔から絵を描いてきたので、絵やアニメーションで自分のやりたいことを表現しようと思ってきました。ただ実写で表現をしてもアニメーションで表現をしてもそのこと自体はあまり関係ないと思っています。

西村:監督は昔から絵を描くことが好きだったとのこと。プロフィールを調べさせていただいたのですが、韓国映画アカデミーの前に何をされていたのか、ちょっと分からなかったので、どんな経緯でアニメーションを始められたのか教えてください。

ジン:実は高校の時に美大を目指して勉強していました。漫画アニメの専攻に進みたくて勉強していて、漫画とアニメーションは同じものだと思っていたのですが、実際入ってみてこんなに難しいものだとは思っていませんでした。大学でアニメーション専攻に合格して、勉強を始めたのですが、アニメーションの絵を描いていくうちに大変面白いものだと気づき、一本のフィルムをつくることは難しいことでもありますが非常に面白いものに思えてきて、それで今までやってきたのだと思います。

西村:大学はどちらですか?

ジン:桂園芸術大学です。

西村:桂園芸術大学はアニメーションで、かなりの名門大学になってまして、今回も何本か桂園の学生さんの作品があります。最後のエンドクレジットのところで、ローマ字でKeywonというロゴマークが出るので、それが出たらジン・ソンミン監督の後輩の作品ということになります。

観客その2:基本的に子ども達の話で、先生とか出てこなかったんですが、ソンファンのお母さんだけ出てきていて、それも何か癖のある女性として描かれていました。お母さんだけ大人を出したというのは、何か意図があるのでしょうか?

ジン:教室や学校には本当は担任もいて、他の先生もいると思いますが、この作品の登場人物が生徒たちだけというのは、そもそも生徒たちにとって学校というものは自分たちだけの世界ではないかと思い、学校の中でのスクールカーストのようなものだけが重要で、先生はある意味、それに対して関係ない他人のような存在である、自分たちが学校の中でどう生きていくかということに関係ない存在である、と考えました。ソンファンの母親も、ヒョノに変な態度をとるわけですが、それもやはり母親というのは自分の子どもが可愛いので、自分の子どもはそんなはずはないと思ってしまう、ということを表現しています。

西村:最初のシーンでヒョノがソンファンの家に行くと、ソンファンの母親がものすごく嫌そうな顔、早く帰れと言わんばかりの顔をするんですが、あれは何か設定があったのでしょうか?

ジン:設定ではヒョノとソンファンは幼馴染で、母親にしてみれば、息子が急にマニキュアを塗るようになったのは悪い友達のせいで、その悪い友達というのがヒョノだと思い、母親としての考えは自分の息子のような良い子がマニキュアを塗りだしたのはヒョノのせいだと思うようになり、彼のことをよく思わなくなるという設定になっています。

西村:人間は自分が受け入れられないことが起こると、何か合理的な説明を勝手に想像して付けたがるものだということが、設定として生かされているのですね。

観客その3:作品を拝見していて、映像の演出や作画にメリハリがあるように見えました。例えばいじめっこが殴ったり蹴ったりするシーンはすごく細かく作画がされていて、カメラの動きも凝っているように思えました。その一方で、カメラがあまり動かず、作画も枚数を抑えて子ども達を映しているシーンも見受けられました。そういった演出のメリハリについて、作画のメリハリについて何か監督が配慮されたことはあるのでしょうか?

ジン:アニメーションというものは演出からストーリーボードを作らなければならないので、どの部分を動かして、どの部分を静かに見せるかというのは最初に作っています。今、ご指摘いただいた躍動感、あるいは演出のメリハリは確かに意識的に活動的な部分と静かに見せる部分を子ども達の心の動きやストーリーに合わせてメリハリをつけて入れるようにしています。

観客その3:技術的にも内容的にも非常に印象深い作品を観ることができて、とてもよかったです。ありがとうございました。

西村:次の作品を含めて、今後のご予定をお聞かせください。

ジン:今、ちょうど次回作のシナリオを書いているんですが、長編作品になると思います。アニメーションになるかどうかは分かりません。とりあえずはアニメーションというよりも今、韓国で流行っているウェブトゥーン、ウェブ配信のコミックの形で見せようということで進めています。

西村:内容を少しだけ教えていただけますか?

ジン:今申し上げるのはちょっと恥ずかしいのですが、ストーリーはストーカーをテーマにした物語にしようと思っています。ストーキングなんですが、ただ本当に悪い人というのではなく、何かちょっと理由がある、理由のある復讐劇にしていく予定です。

西村:さきほどヨン・サンホ監督の名前が出ましたが、彼も今、韓国映画アカデミーで教えるのをお休みして、釜山で実写の映画を撮っているそうです。そして、ヨン・サンホ監督の代わりに韓国映画アカデミーで教えているのが『ウリビョル1号とまだら牛』のチャン・ヒョンユン監督ということです。ジン・ソンミンさんも、長編・短編、ウェブトゥーン、実写もあり得るし、アニメーションもあり得るということで、いろいろな世界でご活躍される監督かと思います。今後も色んなタイプの作品で我々を楽しませていただければと思います。

ジン:今日は観てくださりありがとうございました。名古屋に来れて大変良かったと思います。どうもありがとうございました。

*ジン・ソンミン監督<会いたい顔(仮)/보고 싶은 얼굴>は、ウェブトゥーンの公募展の予選に通過したとのことです。
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