花コリ2014名古屋会場レポート 『痛くない』キム・ボヨン監督トーク録

『痛くない』キム・ボヨン トーク録
5月31日(土)トーク@愛知芸術文化センター
短編Bプログラム終了後

ゲスト:キム・ボヨン『痛くない』
司会:シネマコリア西村嘉夫
通訳:田中恵美


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『痛くない/아프지않아/Replacement』

2013/18:15/キム・ボヨン
ついにこの時が来てしまった。前歯がぐらついていることが、母親にバレたのだ。歯を抜く日がカレンダーに書き込まれ、子どもは何も手につかず、歯が抜かれることだけを一日中考えておびえている。痛くないふり、抜かなくてもよいふり、寝たふりをして、恐怖の抜歯から逃れようと抵抗する日々。自分を捕まえにやってくる、灰色の顔の「歯人間」による恐ろしい罠にはまり、身動きできないまま連れて行かれてしまう。

Director's note
歯を抜くことは、自分の体を切り離さければならないという恐怖と苦痛を伴うが、より丈夫な新しい歯を得るためには避けられない交替(replacement)の過程であると同時に、時期的に一番最初に経験しなければならない、もしかしたら最初の成長の関門だといえる。生きていれば、避けられず乗り越えなければならないことも経験するものだが、痛みがあれば補償も伴うということが全く分かっていなかった、幼いころの瞬間がある。その中で一番恐ろしい経験だった、歯を抜いた記憶を最大限生かして、イメージで表現した。また、成長の過程に押しつぶされそうになった子どもが、歯を抜く苦痛を経験した後に好きな子との共感を得られるという物語から、痛みの後の甘美な補償を予感させるように描いてみた。

『痛くない/아프지않아/Replacement』トレーラー




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キム:少し長い作品でしたが、楽しく観ていただけたのなら幸いです。
西村:この作品がすごく好きで、色々な魅力があると思いますが、まずはなんといってもキャラクター。オープニングで小さい「ぼく」がひょこひょこっとでてきて顔の表情をくしゃっと変えるシーンで心を鷲づかみにされてしまいました。あのキャラクターはどなたかモデルがいるのでしょうか?
キム:友達が子どもの頃の写真を見せてくれたのですが、この作品の主人公のように頭がすごく大きくて、顔のパーツが中心に寄っている写真で、それがすごく可愛くて、キャラクターの表情に仕上げました。
西村:お父さんとお母さんのキャラクターは?
キム:子どものお父さんのモデルは、先ほどの子どもの頃の写真を見せてくれた人で、その人の顔をモデルにしました。お母さんは特定のモデルがいるわけではなく、私が創作したキャラクターです。

西村:プロフィールによると監督は水原大学産業美術科を卒業されています。最近、韓国のアニメーション監督はだいたい、大学でアニメーション科を出ていますが、監督は経歴が少し異質ですよね。元々、デザイナーとして活躍されていて、今回の『痛くない』で初めてアニメーションを作られたのですが、その経緯、なぜアニメーションを突然つくりたくなったのか教えてください。
キム:子どもの頃から絵を描くのが好きで、小学校の時、教科書に落書きをしていて何度か怒られたぐらいです。映像をやらず絵を描くことばかりやっていて、絵を描き続けて行きたいと思っていましたが、その当時、純粋美術ファインアートの絵を描いているだけでは食べていけないと言われていたので、絵を描きながらお金になるような勉強をしようと思い、デザインを専攻しました。学校を卒業し、デザインの仕事をしていましたが、ある日映画を仕事にしている友人が私の描いた絵を見て、アニメーションをやってみたら良いんじゃないか、と勧めてくれました。子どもの頃はお金が稼げないと思って絵の方は諦めていましたが、大人になってみると、絵を描くこととお金を稼ぐことは両立できるのではないかと思い、仕事は仕事で進めながら、空いた時間に絵を描いて作品作りを進めていきました。お金を稼ぐことだけを追いかけるのではなくて、自分の夢を大事にしていくこと、自分のやりたいことがあったらそれを大事にしていかないといけないんだなと実感しています。

西村:ひょっとして、アニメーションをしてみないか?とすすめてくれた人が、お父さんのモデルとなった男性ですか?
キム:そうです。映画の批評をずっとやっていて、私がアニメーション制作をしている間もそばで手伝ってくれました。まさにお父さんと同じ顔をしています。今、その友人が実写映画を作りたいと言っているので、うまくいけば、私のアニメーションと彼の実写を合わせてコラボレーションの作品ができあがるのではないかと思っています。
西村:実写とアニメーションのコラボ映画ですか?
キム:もしかしたらコラボという形になるかもしれないですし、または、友人がストーリーを書いて、私がアニメーションをつくるという形になるかもしれないですが、まだ詳しくは決まっていません。
西村:キム・ボヨンさんの作品を語る上で重要な方だと思いますので、お名前を教えていただけますか?
キム:デビッド・オー(David Oh)さんで、韓国人ですがアメリカに住んでいる在米コリアンです。これからも少しずつ私の作品に彼が登場してくると思います。
※『痛くない』のエンドクレジットでは「Special Thanks to」でDavid Oh氏がクレジットされている。

西村:監督の第2作で、『まね』という短い作品がありまして、後でまたご覧いただく予定ですが、そこに出てくる男性キャラクターが、『痛くない』のお父さんとほとんど同じ顔です。デビッド・オーさんはアメリカに住んでいるということですが、監督ご自身も5年ほどアメリカに住んでいらっしゃいます。どんなきっかけで韓国からアメリカに渡ることになったのでしょうか?
キム:最初は旅行でアメリカに行ったのですが、親戚がアメリカに住んでいて、少し生活してみるとアメリカの色々な物が自分に合うと感じ、定住してみようと思い、仕事を探しました。

西村:『痛くない』のテーマである抜歯、乳歯が抜け替わるという経験はどこの国の人でも体験することで、日本人だろうと韓国人だろうとアメリカ人だろうと同じことを経験するので、皆自分のことのように思える、世界中で共感を得やすい作品だと思いました。また、『痛くない』はまったく台詞がないノンバーバルの作品で、言葉が分からなくても誰でも理解できます。監督は、アメリカで色々な経験をされて、世界中の誰もがわかる作品作りを目指しているのかな、と思ったのですが。
キム:私がアニメーションを観る側の立場でも、台詞というよりは動きやアニメーションにとても魅力を感じて観ているので、自分の作品も台詞に頼るというよりは視覚的に表現できる、表情やイメージを重要視して作っていくのが良いと思っています。

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写真提供:長谷川成明様

西村:もう一つ魅力として感じたのは、作品全体を覆っている「優しさ」というんでしょうか、お母さんは「ぼく」のことをすごく想ってくれていて、歯が抜けそうだからとミキサーで海鮮を粉々にする。でも、それは「ぼく」にとっては喜ばしいことではないという、親と子のズレがあるけれど、そこに「優しさ」が感じられる。あと最後のシーンで女の子と再び会って、歯が抜けた者同士がニッコリ笑って共感する、そういうシーンを観ていて、すごく心が穏やかになります。こういったエピソードは、何か経験があってそこから作り出しているのでしょうか?
キム:まったく同じような実話というのはないんですが、同じような感覚になったことがありまして、例えば、子どもの頃に両親が自分のことを想ってやってくれたことがあるのですが、子どもの立場としてはそれがすごくイヤだと思っていたことがたくさんありました。子どもの頃は親よりも友達との関係を大事に考えることがあるし、また子どもの歯が抜けた後に、母親が固い食べ物を食卓に並べますが、子どもは親の配慮に気づかない、という親子の意識の違いを表現しようと思いました。

西村:エンドクレジットで最初に出てくるのがシナリオなんですが、キム・ボヨンさんのお名前の次にキム・ナヨンと書いてあります。キム・ナヨンさんはどんな方なのでしょうか?
キム:クレジットに出てくるキム・ナヨンは私の実の姉で、特に文章を書くことを勉強したわけではないのですが、私の作る作品に意見を出し合っています。今回の作品は、私が大まかなストーリーを考えて、それに姉が意見を追加したりして、姉妹で話し合ってつくりました。
西村:シナリオが最初にクレジットされているということは、監督はストーリーが一番大事とお考えなのでしょうか?
キム:作品を作るとき、どういう物語を伝えたいか、表現したいかを重要視しています。それは映画やアニメーションに限らず本にしてもそうですが、自分が伝えたい物語をしっかり書くことだと思います。

西村:サウンドと音楽も全て監督がしていますが、すごく印象に残る効果音が耳から離れません。どんな形で作業を進められたのでしょうか?
キム:そのように感じていただけるのも、台詞がなくてサウンドだけで表現した作品だからではないかと思います。音の要素は、自分で音を出して録音したものもありますし、自分が持っているサウンドデータ集から使っているものもありますし、インターネットに無料でサウンドを提供するサイトがあるのですが、調べて一通り聴いて、どの音と場面が合うか探し出したものもあります。ダウンロードしたデータに雑音が入っていて、雑音を取るソフトで雑音を取ったりして、サウンドをつくるのに非常に時間がかかっています。最初と最後に少し音楽が流れますが、最初の部分のギターの音は、私が直接演奏してiPhoneで録音したものです。最後の音楽は、私の弟がバンドをやっていて、バンドの演奏の中からイメージに合うものを選びました。実は弟もデザインの勉強をしていました。
西村:弟さん、お姉さん、デビッド・オーさんと、監督の近しい方が総力をあげて協力されてできあがった作品が『痛くない』なんですね。
キム:実は私の家族は芸術的なものが非常に好きで、姉と弟もそうですが、母親は元々クラシックの声楽を勉強していて、父親の専門は文学の方ですが絵や彫刻、木彫をするのが大好きで、バンドでドラムをやっています。

西村:ここで先ほどご紹介しました『痛くない』の次に作られた短い作品『まね』を上映したいと思います。

『まね / Impersonation』本編
(1分半のショート版、花コリで参考上映したのは3分強のロング版)


西村:『まね』を最初に拝見したとき、日本のアニメーション作家で和田淳さんという2年前にベルリン映画祭で賞をとられた有名な方がいるんですが、その方にすごく近い雰囲気があるなぁという気がしました。和田淳さんは、止まっているものを動かしたいという欲求が強い、それがアニメートなわけですが、ストーリーはあまりなく、独特な雰囲気を持つ面白い作品を作られます。それに対して、キム・ボヨン監督の作品はシナリオがしっかりしていて観客に伝えたいものがあるので、「わかりやすい和田淳」かなと思いました。『まね』は、どんなきっかけで作られたのですか?
キム:人間はもしかしたら誰でも仮面を被っているのではないか、と考えたことがあります。例えば好きな人がそうかもしれないし、普段一緒に働いている同僚がそうかもしれないし、人間同士の関係というのは、お互いに隠している仮面の下にあるのではないかと考えていました。キャラクターとして犬を登場させたのは、私自身犬が好きで家で犬を2匹飼っているからです。犬を飼っていると時々、犬が何を望んでいるのか分からなくて自分がもし犬だったらその気持ちがわかるのになぁと思ったり、もしかしたら犬も人間になりたい、コミュニケーションしたいと思っているのかもしれないし。自分が犬になれたらいいな、犬が人間になれたらいいな、という気持ちを込めて作りました。
西村:犬も人間が好きだし、人間も犬が好きだし、その想いが募ってこういう作品ができたのですね。僕はてっきり監督が恋愛経験の中で非常に辛い想いをされて、それを映像化したものだと思ってました(笑)。
キム:もちろん辛い体験というのもありますし、それは皆さんの中にもあることだと思います(笑)。

西村:まだ2つの作品しか作られていないわけですね。
キム:完成したものは、今日お見せした2作品だけなんですが、今、制作中のものが一つあるのと、企画が通っているものが一つあるので、今年か来年のうちにその2作品をご覧いただけるのではないかと思っています。今制作中の作品は非常に短い物で、『まね』くらい短く、短い中にできるだけ強いメッセージを込めようと思っています。企画が通った段階の作品というのは、『まね』のようにラブストーリーっぽい作品の中にメッセージを込めた作品です。少しネタバレになりますが、お金を出して人間の記憶を買うという設定です。

西村:2本しか拝見していませんが、監督は人間の本質というか大事なものを短い作品の中で焙り出すのが好きなのかなあという印象を持ちました。先々の作品も期待しております。やはりデビッド・オーさんは登場するのでしょうか?
キム:もちろんです。

<質疑応答>
観客1:歯を抜くときは韓国ではドアで抜くんですか?(作品の中では、歯に糸をくくりつけ、その先端をドアに結んでドアを閉めることで歯を抜いた)
キム:最近は歯医者に行って抜きますが、私が子どもの頃は糸でひっぱって抜くことが多かったです。ドアにくくりつけるのではなくて、歯に糸をくくりつけた状態でおでこをパンと叩いて後ろに倒す感じでその衝撃で抜いたり…、他の国ではリンゴを使って抜くらしいです。両親は歯を抜くことを子どもに内緒にして、歯に糸を結んで子どもがよそ見している隙に抜こうとするのですが、子どもは歯に糸を結ばれたら抜かれるんだということはわかります。子どもにとって歯を抜くことは怖いことで、自分も歯を抜くことを考えると息が詰まりそうなくらい怖くて、そういう気持ちを作品の中で表現しています。
西村:テニスボールに糸をくくりつけて抜くのは監督のオリジナルですよね?
キム:はい、オリジナルです。そうやっても抜けるかなぁと思って。

観客2:間の取り方がとてもうまいと思うのですが、何か影響を受けた作品、好きな作品はありますか?
キム:具体的にどの作品とは言えないのですが、父が大変映画が好きな人で子どもの頃から色々な映画をたくさん見せてくれました。先ほどのデビッド・オーも私がアニメーションを始めるにあたって、色々な作品を私に見せてくれました。特定はできませんが、そういった物から影響を受けていると思います。
西村:実写でもアニメーションでも、お好きな監督はいらっしゃいますか?
キム:アニメーションでいうと、加藤久仁生さんとか山村浩二さんとか、和田淳さんとか、あげると全員日本の方になってしまいます。実写映画では好きな監督さんが多すぎて誰とはパッと言えないですが、一人あげるなら『ブラック・スワン』を撮られたダーレン・アロノフスキー監督さんが好きです。

観客3:教室で口の中から歯を映していたシーンが一番好きです。これはなくてもいいんじゃないかと思ったのが、死刑台の板が外れるシーン。この男の子が想像するのならあれは出てこないんじゃないかと。

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キム:実際、彼が想像している感じではなくて、生き死にがかかったくらい怖いという感情が高まっているのと、首が飛んでしまうくらい怖さが切迫しているという気持ちを表現したくて、ああいうシーンを入れました。
観客3:子どもが想像する物としては腑に落ちない(笑)。
キム:表現としては少し度が過ぎていましたかね。
観客3:私は好きですけど、子どもには想像できない怖さだと思います。日本では歯が抜けると、上の歯は下に、下の歯は上に投げる習慣がありますが、韓国でも何か慣わしがあるのなら、それが入っているともっと良かったと思います。
キム:良いアイデアですが、そこまで考えが至りませんでした。

観客3:お母さんがカレンダーに○をつけたのは、どうしてですか?
キム:子どもの歯が抜けそうだから、この日までに歯を抜いてあげないと、と忘れないように印をつけました。観客に対してカウントダウンっぽい演出で見せたかったので。
西村:韓国的な風習も入っていると更に良かったというご意見、ありがとうございます。今後の作品に生かしていただければと思います。

観客4:日本のタイトルだと『痛くない』で、英語のタイトルだと『Replacement』ですが、韓国のタイトルはどちらに近いのでしょうか?
西村:韓国のタイトルは『아프지않아』で、そのまま『痛くない』です。
観客4:英語では「生え変わる」みたいな意味にしたのはなぜでしょうか?
キム:「Replacement」という単語には、歯を抜くということはとても痛いことだけれど、ただ痛いだけではなく、何か別の良いことが生まれるという意味を込めました。例えばこの作品の中だと、歯を抜いてとても痛い思いをしたけれども、その代わり女の子の友達と共感し合えてお互いに笑い合えたという、代わりに良いことが本人に起きるという良い方向への意味を込めています。

西村:タイトルは英語を考えてから、韓国語のタイトルを考えたのでしょうか? それとも韓国語のタイトルを考えてから、英語を決められたのでしょうか?
キム:韓国語のタイトルを最初に考えました。
西村:僕は英語のタイトルも好きです。歯が抜け替わるというのは、子どもにとって人生における一大事件なわけですが、通過儀式を経て、ちょっとだけ良いことがあるよという優しさが出ていて、とても好きです。
キム:決して小さい子だけに当てはまるのではなくて、大人も何かを失ったら何かを得られるということを表現したいと思いました。
西村:「痛くない」だと否定形になってしまうんですが、英語の「Replacement」は前向きな、将来良いことがあるよというイメージがあって好きでした。
キム:「痛くない」も、決して否定的な意味で使っているのではなくて、歯を抜いて、痛くないわけではないけれども、「痛い」以外に良いこともたくさんあるから、「痛い」だけではないんだよ、という意味で『痛くない / 아프지않아』というタイトルにしています。

観客5:デビッド・オーさんは批評家とのことですが、この作品に対する彼の評価は?
キム:友人なので、褒めるというか良いことを言ってくれました。編集の点で、もうちょっと短くできるところがあって、短くしたらいいというアドバイスをもらいました。
西村:これからもデビッド・オーさんに色々と協力してもらいながら新しい作品ができあがっていくのでしょうね。どうもありがとうございました。
キム:こんなに長い時間、私の話を聞いてくださってありがとうございました。また次の機会がありましたら、新しい作品を持って、今いらっしゃる皆さんとまたお会いできることを願っています。今日はどうもありがとうございました。
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