花コリ2014名古屋会場レポート 『はちみつ色のユン』伊藤裕美氏トーク録

6月1日(日)トーク@愛知芸術文化センター
長編アニメーション「はちみつ色のユン」終了後
ゲスト:伊藤裕美(オフィスH代表/「はちみつ色のユン」配給)
司会:西村嘉夫(シネマコリア)

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伊藤:皆さんこんにちは、東京から来ましたオフィスHの伊藤です。こんなにたくさんの方に観ていただきどうもありがとうございます。中学生ぐらいのお子さんもいらっしゃっていると伺いましたが、お子さんにぜひ観ていただきたいので、本当にうれしいです。今日はこれから映画の配給を含めて西村さんとお話していきたいと思います。
西村:まずは自己紹介から、どんなお仕事をされているのか教えていただけますでしょうか?
伊藤:私は埼玉に小さな事務所を構えておりまして、個人事務所を一人でやっております。映画の配給というと何か凄いことをやっていると思われるかもしれませんが、日頃は尺の短い短編アニメーション映画を紹介する仕事をやっています。名古屋も以前短編のアニメーションの自主上映のイベントに招待していただいたことがあります。
この映画も韓国が舞台の半分ではありますが、元々はヨーロッパで作られた映画でして、私が扱っているのはヨーロッパ、だいたいフランスとかドイツとか西ヨーロッパや北欧のスカンジナビアのアニメーション、あとはカナダのものを若干やらせていただいております。構造的に大きくなってお城が1個建つような商売ではないので、ただこういう映画を日本でも観てもらえるといいなと思うようなものを自分で見つけてきて、ご紹介をして比較的小規模な上映会や劇場で流してもらうという。今回の『はちみつ色のユン』は私にとって初めての長編の配給ということになります。こういう配給だけだとなかなか商売にならないので、その他細かい仕事も何でもアニメーション関係をやらせていただいています。
西村:会社の名前がオフィスHと書いてHを「アッシュ」と読むということですので、フランス語がご専攻ということでしょうか?
伊藤:専門ということではないんですが、私の名前が「裕美(ひろみ)」というので頭文字がHで、オフィスHというと何か違う方向の事務所かなと思われてしまうので(笑)、アッシュというと英語だと「灰 / ash」と同じ発音になるんだそうです。「灰」というのは西洋系のキリスト系の方たちには大事なものらしく、燃えた時に出てくる灰ですね。フランス語だとHは無音で、日本人にとってはHの発音は何の苦労もないのですが、フランス人には難しくて大抵の人は私の名前を「Hiromi」とは発音できず、生まれたときからHという発音をせずに生きてきている人が世の中にいるということを、私はフランス語を勉強して初めて知りました。英語のRの音が日本語ではないのと一緒で、フランス語にもあって、彼らはRとLの区別はつくのですがHの区別がつかないので、私の名前は「Hiromi」ですと強調して言うと「Kiromi」と聞こえるらしく、これは無音のHということで、ある先輩が、私がオフィスの名前を「オフィスH」にしたと言ったら、「無音のHで良いね」気づかれないような存在で仕事をしろって(笑)

西村:有名なところでは無音のHは「Hermes」と書いて「エルメス」と読みますね。
最初に伺いたいのは、これまで特に韓国の作品を取り扱っていたわけではない伊藤さんがどういう経緯でこの作品に出会ったのか、何がきっかけで配給することになったのか、教えてください。
伊藤:こういう仕事をする前は、カナダに本社があるコンピュータグラフィックスのソフトウエアを開発する会社の宣伝みたいな仕事をやっておりまして、それが最後のサラリーマン生活だったのですが、それ以前はIT関係で、最後の会社がコンピュータグラフィックスで、コンピュータを使って映画を作れるんだと思って。ちょうど『ターミネータ』とかコンピュータを使って映像をつくるという、『フォレストガンプ』もそうなんですが、実写以外の技法でも映像が作れるというのが上り坂の頃に勤めていた会社が、たまたまカナダ系の会社だったのです。辞めて、短編のアニメーション映画を配給するという流れになったのですが、その時は韓国はまるで縁のない存在でした。個人的には歴史のことがあるので興味はあったんですが、7,8年前にアメリカのテレビ番組の見本市というのがあって、取材にいったら、その時に韓国の放送局が韓国の歴史ドラマを大々的に売りに来ているんですね。北米と南米のテレビ局の見本市だったんですが、私はそれをみて、誰が韓国の歴史ドラマなんか買うか、「チャングム(の誓い)」とか日本でヒットしていた頃だと思うんですが、チャングムもわたしは挫折しましたし、長い!と思って。日本の大河ドラマとかはほとんど外国に売れない状態なんですよね。それを考えると誰が韓国の歴史ドラマなんか買うかと思いましたけれど、韓国のテレビ局が自信を持って売りに来ていたのは記憶にはあります。その頃は興味がなくて、たまたまこの映画に出会う直前に、ハマっちゃいました、韓国の歴史ドラマに。「チャングム」の後にやっていた「イ・サン」に。ご覧になった方いらっしゃいますか?女性の方がかなりきちゃったと思うんですが。あれも最初は、長い!王様の話なのに、王様になるまでが長い!ところがあるところで、これ、純愛?て気づいたんですね。王様と架空の女の人の純愛なんです。そこでハマりました。ああ、韓国のドラマって、これか!と。未だにぺ・ヨンジュンはあまり好きではないんですが。歴史ドラマは面白い。
こういう仕事をやっているので、1960年に始まったフランスのアヌシー国際映画祭に毎年行っていて、私と同い年の映画祭で、99年か98年からずっと観にいっていて、その頃から韓国の作品は映画祭では観ていました。よくできているな、と、バラエティがあって面白いなと思っていました。「イ・サン」にハマった年に韓国の作品をまじめに観てみようと思い、韓国映画として出ていた訳ではないのですが、その時に出ていたのがこの『はちみつ色のユン』でした。アヌシーで千人ぐらいの劇場で上映したんですが、そこで観られなくてバイヤー向けの小さいモニターで観ました。そして泣きました。よくぞユング君、成長してくれたな、と。色々な意味で。養子を扱っているアニメーション映画だということで話題にはなっていたんですが、自分で配給するとは思っていませんでしたが、その時に日本の皆さんに、これは何とかして観ていただきたいと思いました。

西村:監督とはどこで会われたのですか?
伊藤:アヌシーです。アヌシーというのはフランスなんですが、スイスのジュネーブに近くて、山に囲まれていて湖があって本当に綺麗な所なんですね。保養地なんですが、そこで毎年ベストシーズンの6月に映画祭があるんです。名古屋のように大きい街ではなく、街中が映画祭のようになっていまして、何箇所かに分かれて会場があって、そのうちの一つが見本市の会場で、そこからメインの会場に行く時にヨーロッパで一番透明度が高いと言われている綺麗な湖があり、その湖畔を歩いていたら、二人連れの男の人とすれ違って、そのうちの一人をどっかで観たことある!と思って。映画の中で監督ご本人が出ていたので、この人ユングさんだ!挨拶を交わしておこうと思って言葉を交わしたのが最初です。その後、この映画祭でこの作品が長編部門で観客賞を受賞したので、メールを送ったら、すぐに返信が来たのです。

*映画では「ユン」というカタカナ表記にしてありますがJungさんの名前の読み方は「ユング」です。
韓国からベルギーに渡った時に、養子先のご両親が付けた名前です。映画でも、ご本人もご両親たちも「ユング」と発音しています。

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© Mosaïque Films - Artémis Productions - Panda Média - Nadasdy Film - France 3 Cinéma – 2012
『はちみつ色のユン』ユング監督


西村:作品を観ると、子ども時代のユングさんは大変やんちゃに見えたんですが、ご本人はどんな方なんでしょうか?
伊藤:原作のマンガが三冊ありまして、マンガといっても日本のマンガより版が大きいんですが、バンデシネと言われているものがありまして、ユングはそのマンガを描く作家なんですね。だから元々、ユーモアがあって、面白い方だと思います。今はさすがに40代ですからこんなやんちゃじゃありませんけれど、お話をしてても人の気持ちを理解しようとする方ですね。苦労なさってるだけあって、穏やかな話し方をする方で、ベルギー育ちなので、ベルギーのフランス語はイントネーションとか癖がある方もいるんですが、ユングさんの場合はそういうのも全然なく…。ただ、作品の中でナレーションしている方は、吹き替えでご本人ではないです。映画ほどやんちゃじゃないけど、そんなに神経質な感じの人でもないです。
西村:吹き替えなんですか?
伊藤:そうです、吹き替えです。子ども時代はもちろんそうですし、大人になってからも吹き替えです。若干、韓国で彼が素性を調べるところ、彼が生で出ているところは彼の声です。ナレーションは俳優さんがやっています。

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© Mosaïque Films - Artémis Productions - Panda Média - Nadasdy Film - France 3 Cinéma – 2012

西村:原作の本、3冊ありますが、どういう構成なんですか?
伊藤:パンフレットにも書いたんですが、元々、マンガが2冊出ています。ユングさんはこの映画にもありますが、日本が大好きで、日本で公開される時に日本に来ていただく時にものすごく喜んでくれまして、奥さんとお嬢さんと3人で来日されました。マンガも、江戸時代をテーマにしたものを描いたりしているんですが、どちらかというとフィクションを描かれていて。人の話ばっかり描いていてもということでご自分の自伝をマンガにしようと思われ、映画は二十歳くらいで終わっているんですが、ユングさんが韓国に戻ったのは44歳で、約20年間自分に向き合わずといったらあれですが、回り道をなさってマンガを描くことにして自分の自伝を本にして残そうという形をとられて、第一巻、第二巻が映画よりも先に出てました。映画の中にもありました、韓国で孤児になってベルギーに渡って子ども時代を過ごし、ティーネイジャーの頃、実はマンガの中ではもっとやんちゃに描かれているんですが、例えばバレーのシーンがありましたよね、あれは性に目覚めていくところが象徴的に描かれているんですが、マンガにはもっと、それこそ兄弟が男の子特有の話をするシーンがあったりだとか、同じ高校の仲間とバンドを組んでそういう活動をして、生き生きとティーネイジャーの頃のことが描かれているんです。映画は比較的それよりも前のところを中心に描かれていますが、その2巻が出ていて、最後は、ぼくはやっと準備ができたからこれから韓国に行こう、というところで第2巻が終わっているんです。この共同監督のローラン・ボアローさんというドキュメンタリーを専門にやっている監督なんですが、その人がユングに、あなたが韓国に戻るんであれば、それを一緒に撮影してドキュメンタリーを作りたいんだ、と申し出て、映画化に至ったということで、先に2冊出ていたのが自伝として映画の中にかなり出ています。第3巻というのが昨年秋にフランス語版が出まして、逆に映画の話(韓国に戻ったところ)がマンガの中に反映されています。おかげさまで(マンガの)日本語版も準備が進んでいて、そのうちに出ることになります。マンガの方がもっと丁寧に色々なことが書いてあるので、機会があれば観ていただけたらと思います。
西村:映画をご覧になって、マンガを観るとまた一段と楽しめますね。
伊藤:そうですね。私も一応ユングにサンプルで送っていただいて、1巻、2巻読みまして、映画だけだと分かりにくかった部分もマンガを見て、そういうことがあったんだなと、よくわかりました。
西村:まだまだフランスのコミック、パンデシネが日本で発売されることは、なかなかないですよね。
伊藤:そうですね。ファンの方はいらっしゃるって聞いてるんですが、やはり日本のマンガとタイプが違うというんでしょうか、日本ではなかなか出ませんから、この原作本が日本で出るということはとても嬉しいことだと思います。

西村:今年日本で公開された韓国映画にポン・ジュノ監督の『スノーピアサー』がありますが、これもフランスのコミック(『LE TRANSPERCENEIGE』)が原作。ただ映画が面白いので原作本を読みたいと思っても日本語版がないというパターンが結構ありまして、日本語版が出るというのは本当に嬉しいですね。
伊藤:韓国がフランスのバンデシネを映画化するという話は逆に私には新鮮ですね。韓国は映画が活発なだけでなくアニメーションも力をつけているので、加えてマンガ家の方も育っているということなので、おそらくマンガ原作ものが増えてくるでしょうし…。比較的韓国のアニメーション業界の方って歴史的にフランスに近いものがあるんですよね。フランスのコンピュータグラフィックス(技法)を輸入というか、フランスの制作会社が朝鮮半島のアニメーションスタジオの方々に制作を発注してきた歴史があって、フランス的なコンピュータグラフィックスを制作される方がけっこういらっしゃると聞いています。手描きとコンピュータグラフィックスと作り方がかなり異なっていて、手描きは日本のアニメーションがとっても有名で、日本はナンバーワンだと思っている人がたくさんいらっしゃいますが、コンピュータグラフィックスのアニメーションというのは、かなり作り方が違うものですから、日本流が通用しないんですね。そういう意味では韓国の方は欧米流をマスターしているので、これからすごく強みを発揮なさるだろうなと思っています。
西村:この後上映する長編アニメーション『パタパタ』は、3DCGでして、こういうタイプの作品は日本は作らないですね。どういう理由かはちょっとよくわかりませんが。
伊藤:『パタパタ』まだ拝見していないので、この後観るのを楽しみにしています。日本の場合は作らないのと、作れないのと両方あるかなと思います。どうしても子どもの頃に観ていたTVアニメーションが日本はとても強いので制作会社もそれが大半なので、やはり過去の栄光が大きいですね。ごめんなさい過去の栄光とか言っちゃった、今も栄光があります(笑)。昔なじみの作り方が強いので、コンピュータグラフィックスというものに対して、すごく拒否反応を持っている方もいるし。先ほども申し上げた通り、作り方が違う、制作の管理の仕方も違うので、日本風でやると(制作の進行が)ドタバタになっちゃって、なかなか大変というのもあるんですね。作りたくないのと作れないのと両方あって、ただ日本だと幸いにして、コンピュータグラフィックスからアニメーションをなさるスタジオがいくつか出てきていて、そういうところはハリウッドと互角にやれるようなスタジオも技術的には一つ二つ育ってきているので、日本もこれから分かりませんけど、あとは資金面ですよね。

西村:先ほどのポン・ジュノも日本では、日本のコミックとアニメーションの大ファンと知られていて、次は日本のマンガが原作の映画を撮るだろうと言われていたんですが、結局撮ったのはパンデシネのフランス原作だったということもありました。韓国とフランスは政府間で映画の合作の協定を結んでまして、その第一作で『冬の小鳥』という作品があるんですが、それも国際養子を話題にしてまして、ある少女が韓国で孤児院に入って、そこからフランスに旅立っていく、当時は金浦空港ですが、そこまでが描かれていた映画で、『はちみつ色のユン』は逆にベルギーの空港に到着した後の話なので、何か続きを見ているようで面白かったです。『冬の小鳥』は韓国生まれの女性がフランスに渡る作品。『はちみつ色のユン』は2012年の作品ですが、同じ年に韓国出身の女性がフランスで大臣になったということが非常に大きく韓国では報道されていました。『はちみつ色のユン』は色々な意味でハイブリッドな、アニメーションとドキュメンタリーのハイブリッド、フランス・ベルギー・スイス・韓国色々な国の混ぜこぜのハイブリッド、ハイブリッドというのがチラシにもキーワードとして使われていますが、フランスはじめヨーロッパのハイブリッド政策の一つの成果がこれらの作品でもあるし、実際に大臣になっている人もいるし、韓国とフランスはこれから色々やっていこうという風に僕には見えるので、先ほどのコンピュータグラフィックスの話題なんかも伺っていると、韓国アニメーションは日本とは違う方向で発展していく可能性もあるのかなと思いました。
伊藤:韓国は実写映画の実力がありますし、日本だと韓国の実写映画だと私がハマっちゃったドラマほどないんですが、ヨーロッパだとああいうシリアス系のドラマが受け入れられるから、韓国の映画の方たちの力ってスゴイと思いますし、花開くコリア・アニメーションでもそうですが、けっこうインディーズの方で脚本をしっかりとやってらっしゃる方がいるので、お話を作るというのでは映画の伝統が若い世代に受け継がれているのかなと思うので、私は韓国の成長性というのはアニメーションにおいても感じております。外に出て行くことを厭わない方達と言ったらちょっとあれかもしれませんが、人口少ないところなので、しかも分断されて、一緒になればもうちょっと人口いるだろうとは思うんですが、市場バラバラになっていますから、自分のとこだけで映画をつくっても商売として成立たない、外に出てかないと、韓流ドラマが外にどんどん出て行くのと一緒ですよね。映画も国際共同制作とか。日本の方に国際共同制作をアニメーションで増やしましょうよとあちこちで言っているんですが、遅いですよね、日本の方は。国際共同制作やりましょう、お金ヨーロッパから出ますよって言っても、「いや~、あうんの呼吸が通じない人達とは無理なんだよね~」とか言って。あうんの呼吸って何ですかって感じなんですが、言葉が通じない人とは無理ですみたいになるんですが、韓国の方達はそういう意味ではものすごくどの分野においても積極的に出ていて、アニメーションも話が早いんですよね。国際協定を、条約を結んでいるから、フランス人が韓国の人と仕事をすると、そういうメリットをフランス人も得られるんですね。日本は条約を結んでませんから日本が外国の方にメリットを提供できないので、そういうのも日本側の国際共同制作は増えない理由の一つなんです。私の知り合いの日本が大好きなフランスのプロデューサーに日本と一緒に何か仕事しない?って会うたびに言われるんですが、日本に話を持っていっても相変わらず実現しないんです。韓国の方にお話を持っていくと、韓国で制作が決まって進んでいきます。日本は相変わらず、言葉が通じないからと言われ、終わり。だからそういう意味では外に出て行く気質がある方達だし、ご自分のところがマーケットが狭いというのもありますから、韓国の将来性というのは大きいなと思います。
日本のマンガやアニメーションが大好きな方、欧米にけっこういらっしゃいます。ユングと私はほぼ同世代で、私の方が上なんですが、あなたがこうなった境遇の原因は日本にあったかもしれないのに、こんなに日本のことを好きでいてくれて申し訳ないと、本当に思いましたね。でもそういう感情もユングさんにとってみれば、え?何で?という感じで思われたみたいで、彼は歴史を知らない訳ではないですし、日本人の私が申し訳ないという話をした時に少しキョトンとしてましたけども。それだけ日本のカルチャーが好きみたいです。日本が大好きな人達はけっこういるのに、なかなかお仕事にならないというのが残念です。

西村:作品を観ていて、日本人としてすごく気になるのは、ベルギーでアイデンティティ・クライシスに陥った時に、日本のサブカルにハマってそこでアジア人として目覚めていくというのは、面白いと感じたり、こういう世界があるのかと驚いたり、韓国の保守的な観客がこの作品を見たらどう思うのだろうか?と心配になったり、色々な思いがごちゃ混ぜになって、ここでもハイブリッドな感情が芽生えてしまうんですが、ユングさん自身は日本と韓国に対する思いというのは、どう咀嚼されているのでしょうか?
伊藤:これ、なぜユングが日本のアニメや文化にハマッたかというと、ちょうどこの頃に日本のテレビアニメがヨーロッパにものすごい勢いで出ていたっていうのがあるんですね。安い値段で日本が売りまくりましたから、ちょうどその頃映画ではなくテレビという文化がヨーロッパにも起こってきて、アニメーションもテレビ用に作るというのはヨーロッパではあまり活発ではなかったものですから、それよりも先に日本がテレビアニメを大量生産していて、それなりに質も良かったというのもありますが。今は日本のテレビアニメが地上波に全国ネットで流れるということはありません。本当にコアなお金を払って観る専門チャンネルでは流れるんですが、辛うじて宮崎アニメーションが人気を得ているぐらいです。ちょうどユングが育った頃は日本のアニメを大量に流していたというのがあるのと、韓国人という記憶の底に押し留めて来たものが思春期に出てきた時に、アジアに対する興味があって、そこに日本が合致しちゃった。彼が成長した所はベルギーのフランス語圏なんですが、比較的裕福な方達が住んでいる土地柄で、このご家族は、実子が4人もいて、韓国養子を二人も迎えられるということで。お父様が工場の工場長かなんかをなさっていたということで、そこそこ裕福なご家庭でいらした。ただ韓国人としての文化教育は何もなさってなくて、彼は一切韓国語を話さないですし、話せないですし、どれくらい分かるか分からないですが今でも話さないです。そこで自分のアイデンティティのところで目覚めていった、唯一接点が持てたのが日本のカルチャー、日本のテレビアニメだったのかなと。なのでハイブリッドと言うべきなのか、よく分かりませんけれど、そういうことですかね。

西村:私1967年生まれでして、作品の中にも出てきた『UFOロボ グレンダイザー(1975~1977フジテレビ系列で放送)』をリアルタイムで観ている世代なものですから、同じものをユング監督と観ていたんだなぁと。
伊藤:彼の世代の若干下ぐらいの世代の人達の方が、日本のそういう方達と話が合うと思います。セーラームーンぐらいまでの世代の人達とだったら。
西村:そこから下になると観てるものが変わってくるので、話が合わないかもしれませんね。
伊藤:ハリウッドものとかカトゥーンネットワークだとかそっちの傾向のものを観るのが多くなってるから、日本の今、テレビで流れているような『クレヨンしんちゃん』『ワンピース』は一生懸命、日本の制作会社さんが売ってますが、ごくごく限られた方しか観ていないですね。

西村:先ほど出ましたハイブリッドですが、こちらの作品は4カ国の共同制作となっていますが、どういう経緯でそういう制作になったのでしょうか?
伊藤:ローラン・ボアローさんがフランス人でフランスの制作会社で、最初はテレビドキュメンタリーという話だったので、フランスのテレビ局に売り込めないかということで、フランスの会社が企画を立てようとして、そこにユングが元々ベルギーの人なので、ベルギーの会社も共同制作という形で加わりました。フランスはアニメーション映画に限らず制作助成金が充実しているので、フランスのプロデューサーが共同制作を立てていくということは珍しいことではないんです。ユング以外にもフランスで養子の方が大臣になったというのもある通り、養子という話がヨーロッパ人にとっては珍しい話ではなくて、国際養子というのも、この映画を日本で流す時に、ベルギーの方が日本に来て働いていて話をしたら、うちも実は弟がアフリカからの国際養子で…という話があり、またフランス大使館の方で、ランス人の名前なので会うまで気がつかなかったんですが、会うとアジア系の方で実はユングと同じ境遇で韓国からの国際養子でした。フランスでは養子を扱ったドキュメンタリー番組がよくあり、テレビシリーズとしては成立しなかったので、では劇場公開用にしようということで進んでいきました。その時に制作に関して、マンガ原作だったので、ユングのマンガ原作のところはアニメーションで作っていくというのは自然な流れで出てきまして、ユングが韓国に帰ったところは実写で撮って、映画ではほとんど使われていませんが、本格的な撮影を韓国でかなりしたと聞いています。韓国で撮影する時に韓国の制作会社が関わってきて、出資というより共同で作ったということです。なぜスイスが入ってるかというのはアニメーションの部分だけで3カ国で作られていて、その中にスイスのジュネーブにあるスタジオが2次元の手描きの部分を作っているので、それでフランス・ベルギー・スイスという形でアニメーションの部分でクレジットが入ってきていて、お金の面でいうとベルギーとフランスがつくっています。
日本では大人の方がご覧になっても違和感はお感じにならないのかもしれませんが、ヨーロッパの人にとっては、かなり長い間アニメーションとは子どもが観るもので、中学生ぐらいになるとテレビで流れていても観なくなります。マンガも電車の中でサラリーマンが読んでいるというのは日本的カルチャーで、ヨーロッパの人もだんだんそういう風になりつつあるのかと思いますが。アニメーションという技法自体が大人の観るものとなったのは最近です。この映画も違和感なくアニメーションと実写の部分がシームレスに移行しているように思いますが、なかなかこういう映画というのは今までにあまりなかったので技法の部分でハイブリッドとし、テーマの部分でも、業界の中で話題になっていた映画というのは、こういう養子という社会的テーマをアニメーションという技法で表現するというのはちょっと珍しいということで、テーマがハイブリッドになっている。これからもハイブリッドは増えていくと思うし、そういう意味では先駆けの一つかな、と思います。

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© Mosaïque Films - Artémis Productions - Panda Média - Nadasdy Film - France 3 Cinéma – 2012
ローラン・ボアロー氏

西村:フランスやベルギーでは公開されているんでしょうか?
伊藤:されています。ただ大々的にやってはおらず、ゲベカ(Gebeka Films)という中堅どころのいい配給会社が入っていまして、どちらかというとこの映画はユングもそうなんですが、若い世代に観ていただきたいという意図をもって作っておりますので、劇場公開というよりも、学校とか文化施設を廻って、あとは映画祭とかで観て頂くという、ちょっと商業映画とは違う流し方をしてはおります。

西村:この作品は2012年に日本公開、年末でしたよね、今年文化庁メディア芸術祭(第18回文化庁メディア芸術祭)でアニメーション部門の大賞をとられたわけですが、その後、上映のオファーなど増えたりしたのでしょうか?
伊藤:引き合い的にはアカデミー賞をとらない限り…。アメリカのアカデミー賞にノミネートするかなぁと思ったんですが、一応、下馬表には上がっていたものですから。アカデミー賞というのは、長編に関してはアメリカで公開されたものしかだめなんですね。単館ですが、去年(2013)の11月にアメリカで公開したので、期待はしていたんですが、残念ながら実写部分がアニメーションより若干比率が多くて、長編アニメーション部門の規定に合わなくて、入らなかったんですけど。ノミネートでもされると良かったんですが…。とらないと日本じゃ意味ないんですけどね。おかげさまで、文化庁なので日本国のお墨付きをいただき、ありがたいお話です。

西村:文化庁で賞をとると、地方の自治体主催のファミリー向け上映会などでセレクションされるのかなと思ったんですが。
伊藤:ないですね。大学ではいくつか上映をしていただき、学生さんに観ていただく機会もありますけど、日本の場合、そういうルートじゃないんですね。例えば公民館とか自治体が映画を選ばれる基準とかカタログみたいなの、あるいは学校、学校は最近あまり上映会はしないのかもしれませんが、そういうカタログに載せるというのは実はもっと文科省にコネをつかわなければいけないという話らしくて。残念ながらこの作品はカタログに載っていないものですから、そういう意味では観ていただく機会は増えていません。文化庁のメディア芸術祭は17回なさっていたそうでして、マンガとかサブカル系のいろんなものを日本国の文化庁がお墨付きを与えるという、とってもありがたい賞なんですけども、アニメーション部門というのは17回ずっとあった中で、なんと1回も100%外国作品というものが賞をいただいたことはなかったんです。これまで1本だけ、外国人がとった作品で『老人と海』という作品であったんですが、あれは日本との合作だったものですから、他の部門は100%外国物がとったことはあるんですが、外国映画がアニメーション部門の大賞をとったのは、なんと今回この映画が初めてでして。審査委員の先生も知ってたんですが、私が審査委員の先生に働きかけた訳ではないんですが、(受賞を知って)「いいんですか?これ、外国作品ですけど」と言ったら、「いや~、これから日本も外国に広げていかなければなりませんから」と、おっしゃってました。そういう意味もあったのかもしれませんが、18年の歴史において、初めていただいたので、とっても嬉しかったです。興行には繋がらないです(笑)。

西村:今回、花開くコリア・アニメーションで上映させていただきまして、名古屋では初上映だったのですが、心に染み入る作品ですので、気に入っていただけましたら、是非自主上映会など企画していただければうれしく思います。伊藤さんにご連絡していただければ、いつでもどこでも貸出していただけると思います。そういう小さい輪で広げていった方がこの作品にもぴったりな感じもします。
伊藤:そうですね。これは、大きく入場者数で一週目に何百万人動員しました、というような映画じゃないと思います。おかげさまで配給させていただいて、エバーグリーン(Evergreen)だと思うんですが、50年後にも残っているといいなぁと思って配給しています。そういう意味ではここ名古屋で観ていただいて、日本人に無縁の映画ではないと思うので、歴史の部分だけじゃなくて、これから日本も国際化という風に言ってますから、養子という観点に限らず家族形態がとても多文化化していくというか、それこそハイブリットになっていく家族の形態が出てくると思うんですね。その時に血のつながりだけが、家族なんでしょうか?というこの映画が突きつけている、とても大きなテーマですよね。血ってそんなに大事なものなんですか?というのと同時に、やっぱり血と思われる方もいらっしゃるでしょうから、そういう意味ではこの映画が突きつけている、ユングさんが50年近くかけて、ずっと問い続けてきているものを日本の方達もぜひ観て頂きたい、この映画が問いかけているものは、おそらく50年後に日本の新しい社会というものが変わっていった時に、こういう多文化というか、血とは何なのかという問いかけが、私も含めて皆さんの孫、ひ孫の世界に何かインパクトがあるかもしれません。
西村:本当に、50年後に生き残っているどころか、50年後になって初めて、あ、あの時、この『はちみつ色のユン』という作品があって、その頃から日本も色々変わり始めたよね、と、そんな評価がされるようになるかもしれないですね。
伊藤:そうですね。日本は島国ということもあり、先ほどの韓国のように外に出ていらっしゃる方達という文化と違うものがありますけども…。今日も来るとき、こだま号で参りまして、途中まで日本人も乗っていたんですが、浜松辺りで外人車両になっちゃって、隣はシンガポールの家族で、前後からはドイツ語が聞こえて…。パソコンで仕事をしていて、英語の音が出ちゃったんですが、車掌さんが私に何か言いたそうだったんですが、外人だと思われて、素通りしていきました(笑)。外人さん、これからも観光の方も増えていくだろうし、そのままお住みになる方も増えると思いますから。
西村:6年後には東京オリンピックもありますしね。
伊藤:東京ばっかり、いいんでしょうかね。
西村:名古屋も立候補したことがあるんですが、韓国(1988年ソウル五輪)に負けたんですよ。でも、負けて良かったと思います。ソウルオリンピックが開かれることによって、韓国という国が世界に開かれたので。その後、民主化が進んで、韓国の文化産業が成長して、我々が楽しめる色々なコンテンツを作ってくれていて、ドラマもそうですし、映画もそうですが、そういった作品を今、我々は楽しんでいるので負けてよかったなと。
伊藤:若い時にスイスにあるローザンヌというところに少しの間住んでおりまして、ローザンヌというのはオリンピックの街なんですね。綺麗な湖があるんですが、そこにオリンピックの本部がありまして、そこでもオリンピックをやろうという話があったんですが、スイス人が嫌だと言いました。なぜならオリンピックなんてやったら環境破壊するだろう、と。日本も東北復興とか言って何で東京でやるんでしょうね?不思議ですけどね。

<質疑応答>
観客:映画の中でちょっと気になったんですが、ユングの韓国人の妹が自動車事故で亡くなったり、もらわれてった人が自殺したりということが出てきたんで、もらわれてった人達は幸せな人だけではないのかな、と、韓国から出てきたという自分のアイデンティティがさ迷ってるというか…。
伊藤:心の底は私には分かりませんけれども、ユングさんは結婚もなさいましたし、今は2人目の奥さんなんですが、今の奥さんも同じ境遇の韓国から養子に来てベルギーで育った方です。お嬢さんも成長なさって今18か9歳で、エンディングで聴いていただいた歌がありますけれど、あれはお嬢さんがユングのために作られたものです。ユングの場合は、そういう意味ではなんとか幸せな家庭をつくっていこうということで、ベルギーの養父母やご兄弟とも仲良くやっているそうです。ただ今のご質問にありましたように、実は私もローザンヌにおりました時にフランス語をちょっと勉強しておりましたら、クラスの中にスイスで育った韓国出身のお嬢さんが同じ世代でいて、1984年に行きましたので、その時は特に韓国から戦争で避難されているという時代でもないですし、何か理由があって養子に来ているのかなぐらいに思っていたんですけども。今、ユングの映画を観て思えば、ユングとほぼ同じ世代なので、彼女も同じ境遇だったのかなと。朝鮮戦争はもちろん終わっていましたけれど、彼女は対人関係を築いていくのに少し難があるような印象を受けました。何かそのこの映画に出てきたような、精神的に病気になってしまっているかというと、そういうことではないんですけれども、少しデリケートというか、傷付きやすいというか…そういう感じを受けた人が実は私も自分の体験の中にありまして。だからこの映画を観た時にすごく自分のことに感じた部分もあったんです。国際養子に対しては日本で養子を積極的に受け入れていらっしゃる方、親御さんのそういう支援をなさってる方の間でも、国際養子という、まだ自分が選択できない年代でぜんぜん違う文化圏に行って、養子として出すことが果たしてその子どもにとって幸せなのかどうかというのは意見が分かれているようです。韓国も最近は少子化ということもあるんですが、国際養子というのではなく、国内で養子をもっと増やしていかなければいけないという風に変わってきているということなので、確かに簡単なことではないと思います。先ほどお話にあった大臣になった韓国系のフランス人の方ですね、彼女は公には「私はフランス人」と言ってます。その方と私は話したことありませんから、どういうつもりでそう言っているのか分かりませんけれども、ユングもそうでしたが、自分のオリジンを文化的なことも含めて一旦消さないと新しい環境の中に入っていけない、ということをどの養子の方達もどこかで経験なさっているんだと思います。その時に心が折れてしまう子もいたでしょうし…。
ユングが一つ面白いことを言っていたんですが、ユングの個人的な意見なのでそれが妥当かどうか分かりませんけれども、ユングの両親はクリスチャンではあったんですが、洗礼の部分がありましたが、カトリックなのかプロテスタントなのか私は分かりませんが、キリスト教徒だったんです。キリスト教の国がけっこう養子というのを積極的に受け入れていて、それは所謂宗教的な部分ということもあるそうなんですけど、ユングの家庭はご覧になったように、お母さんがやっぱりどうしても子どもが欲しい、実子がいたんですが、亡くなってしまった子どもの代わりということでユングを受け入れたので、宗教的な理由じゃないんですね。ユングが言うには自分の周りで、とっても熱心なキリスト教徒の家庭に受け入れられた子の中には、両親が宗教的義務感みたいなもので受け入れてしまったが故に、どうしてもうまくいかなかった家庭もあったそうです。これはあくまで個人的な感想なので、それが妥当かどうかは分かりませんけれども。そういうことは本当に難しい問題だと思います。

西村:ありがとうございました。本当に色々なお話を伺えました。今日初めてお会いするんですが、ここまで一本の作品を深く掘り下げて作家に寄りそうように配給されている方というのは、なかなかいないだろうなというのが私の感想です。今後も素晴らしい作品を日本にご紹介いただければと思います。


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© Mosaïque Films - Artémis Productions - Panda Média - Nadasdy Film - France 3 Cinéma – 2012
 2012/75:00/フランス・ベルギー・韓国・スイス
 監督 ユン、ローラン・ボアロー

朝鮮戦争後、韓国では20万人を超える子どもが養子として祖国を後にした。その中の一人、ユンは、ベルギーのある一家に「家族」として迎えられた。フランス語を覚え、韓国語を忘れ、画才に目覚めていくユン。そんな時、韓国から養女がやってくる。彼女を見たとき、ユンは自分が何者なのかを意識し始める。
バンデシネの漫画家、ユン監督が自らの半生を描いたドキュメンタリー×アニメーション。国際養子を通じて家族のあり方について考えさせてくれる。アヌシー、ザグレブなど国際アニメーション映画祭で受賞したほか、第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門では『サカサマのパテマ』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』などを抑えて大賞に輝いた。

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トークでも話題になりました『はちみつ色のユン』原作本の日本語版が今秋(2014年)発売予定となりました!!
出版:DU BOOKS
翻訳:鵜野孝紀

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