花コリ2014大阪会場レポート イ・ソンガン監督トーク録

スペシャルトーク「イ・ソンガン監督の時間」
2014年3月8日(土)18:00-19:30
会場 大阪韓国文化院 ヌリホール
ゲスト:イ・ソンガン(『マリといた夏』監督)
司会 :津堅信之(京都精華大学アニメーション学科准教授)
通訳:田中恵美
共催:駐大阪大韓民国総領事館 韓国文化院

イ・ソンガン(『マリといた夏』監督)
アニメーション作家。長編・短編アニメーションや劇映画演出など、活発に作品制作活動を続けてきた監督。
アヌシー国際アニメーションフェスティバル長編グランプリを受賞した他、韓国・海外映画祭の常連ゲストでもある。
現在短編の新作がもうすぐ完成する予定。長編アニメーションも企画中。

津堅信之(つがた のぶゆき/京都精華大学アニメーション学科准教授)
1968年生まれ。アニメーション史研究家、京都精華大学アニメーション学科准教授。
著書に「アニメーション学入門」(平凡社)、「テレビアニメ夜明け前」(ナカニシヤ出版)など。


トークの始めにイ・ソンガン監督のショーリールが上映されました。

―今までの作品の制作経緯
仏の言葉で「犀の角のようにただ独り歩め」という、「悟りを得たければ独りで生きねばならない」という意味の言葉があるが、人との出会いや別れの経験から物語が生まれ、それを物語にするのが自分達のような人間なのではないかと思います。
(仲間と一緒の写真を見せながら)30代中盤からアニメーションを始めたましが、その前は画家として生活していました。グループ展を開いた時、自分の作品を買いたいという人に「買う前に一言だけ聞きたいことがある、貴方は才能がありそうだが、今、展示されているのはそう良くはない、だが良い作家になりそうだから聞くが、50年後も作家として生きて行くつもりがあるのか。それならば貴方の作品を買おう」と言われました。その質問を聞いて、私は即答ができず、その人は結局絵を買わずに帰っていきました。その時、ただ絵画だけをやるのは自分には合わないのではないかと考えました。
その頃に仲間達とCG制作を始めましたが、完全なアニメーション作品ではなく、マルチメディア・アニメーションという形でした。その作品が有名になり、ある記者が自分達の写真を撮るのに、現在は公園になっている、ソウルのゴミを埋め立てた蘭芝島(ナンジド:난지도)というところに連れて行きました。(撮った写真を紹介しながら)記者は自分達をゴミの埋め立て地から出てくる新しい芽のような存在だと思ったのではないでしょうか。足元には、虫がたくさん蠢いていました。その時、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』に出てくる王蟲(オーム)は本当にいるんだな、と思いました。
その後映画に関心を持ち、チャン・ソヌ(장선우)監督の『バッド・ムービー/나쁜 영화(1997)』の中の短いアニメーションを作る依頼が来て制作しました。その時に映画を作るのはとても面白いと思い、自分でもいつかは映画を作りたい、と思うようになりました。しかし長編アニメーションを作るようになるまでには少し時間がかかり、短編アニメーション作品をたくさん作りました。最初に仏の言葉としてとりあげたように、アニメーションの物語を作る基盤は、人が出会い、別れることを描くことなのだと思いました。

―『草むらの中の灰/덤불속의 재』(1998)
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この作品は韓国のある現実を象徴的に描いた作品で、体が縦に半分になった男性が、ある女性と出会う物語を描いています。

―『マリといた夏』(2001)
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『マリといた夏』の中で最も気にいっている場面です。

短編制作を行いながら長編を作りたいという夢がかない2002年に『マリといた夏』という長編アニメーションを制作しました。
幼馴染の2人の少年が故郷の海で楽しく遊んでいる様子を描いていますが、海の中で子ども達が遊ぶとしたらどんな風だろうと想像しながら、海底に自分達の秘密基地を作り、その中で遊ぶという場面を描きました。

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『マリといた夏』に声優として出た俳優たち

非常に有名な俳優さんに声優として出ていただき、こうした方々に出会えたことを大変ありがたく思っています。イ・ビョンホンさんは当時も今も有名ですがど、これだけの人になると前世に大変な祝福を受けた人なのではないかと思えます。
少年の主人公の子ども時代を演じたリュ・ドッカン(류덕환)さんは当時まだ小学生でしたが、今では大人になり、立派な青年の俳優として活躍しています。

―短編アニメーション『オヌリ/오늘이』(2003)
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『マリといた夏』の制作が終わった後に制作した短編アニメーションです。主人公の少女オヌリが盗賊にさらわれ、故郷を目指して旅をするという物語。彼女は幼いため、どうすれば自分が故郷に帰れるか、会う人会う人に聞いて行きます。(水の中の蓮の花と出会い、蓮の花と話をするために自分も水の中に入る場面のイメージ画像を見せながら)このようなオヌリの行動が、故郷に帰るための力になっていきます。

―韓国人権委員会の製作によるオムニバス人権映画
『If You were me...~自転車旅行/별별이야기-자전거여행(2004)』
2005年 / 72分 /ユ・ジニ、クォン・オソン、イ・エリム、イ・ソンガン、キム・ジュン他
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韓国人権委員会から依頼を受けて制作したもので、韓国でも問題になっている外国人労働者の人権問題を扱った作品です。
ネパールから来た女性とバングラデシュから来た男性が恋に落ちますが、男性が事故で死んでしまいます。男性の魂が、彼が使っていた自転車に乗って走りながら過去を回想するという物語。ラストシーンは、魂たちが自転車に乗ってどこかに消えてしまうというイメージです。女性が「私の故郷のネパールの空をあなたにも見せたかった」といって物語が終わります。

―実写映画『私たちのセックスのこと(原題:肌/살결)』(2007)
(実写映画の経験がなかったので、どうやって撮ればいいか想像しながら描いたというイメージを見せながら)最初に描いたイメージそのままに、実写動画を撮っていきました。ある男性が引っ越し先の部屋で、そこに住んでいる幽霊の女性(自分の父親から性暴力を受けそうになり、逃げようとして事故で死んでしまったという悲しい記憶を持つ)に出会うという物語。この映画の中で一番好きなシーンは、窓辺に立っている女性(幽霊)を座っている男性は見られないが、女性が部屋にいることは感じている。そして男性が女性に、この世の中で生きることがどれだけ辛いかを語っているシーンです。(映画撮影時の現場写真を見せながら)この映画にはたくさんエロティックなシーンが出てきますが、実際はそんなにエロティックな映画ではありません。撮影が長くなり、俳優が服を着ないまま出番を待っていることが多かったですが、(部屋の外にいる監督の後ろで、部屋の中で半裸の俳優が待機しながら撮影を見守っている写真を見せながら)これは偶然撮られたものですが意味深長な感じがしてお見せしました。。


―長編アニメーション『千年狐ヨウビ/천년여우 여우비』(2007/85分)
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実写映画の後に制作した、長編アニメーション。9本の尻尾を持つ狐(九尾狐/구미호/クミホ)という妖怪伝説が韓国にありますが、主人公は5本の尻尾を持つヨウビというクミホの少女です。(この映画の中で好きなシーンを見せ)ヨウビはある日、鏡越しに人間の魂を奪おうとする影の怪物に出会います。ヨウビも人間の魂を奪いたくなりますが、影の怪物と対峙することは、自分の影の部分と対峙することにもなる。ヨウビが鏡に自分の姿を映すと鏡には狐の姿が映り、ヨウビ自身、鏡に映っている自分と人間の姿の自分とどちらが本当の姿なのか混乱します。この作品では、ソン・イェジン(『夏の香り』の主人公で有名)という女優がヨウビの声を担当しました。在日韓国人の梁邦彦さん(韓国ではヤン・バンオン/양방언として有名)の音楽が大変好きで、いつか一緒にやりたいと思っていましが、ヨウビの音楽をや担当しもらえることになり想いが叶いました。梁邦彦さんはスタイルが良くて、韓国では女性のファンが多く、ちょっと羨ましかったです。インタビューの間、3回も服を着替えていました。またぜひ一緒に仕事をしたいと思っています。。


―没になった『雪の王/눈의 왕』の企画
ヨウビの後、スランプ期間がありました。2008年からは『雪の王』という作品を企画していましたが、ディズニーで『アナと雪の女王』の企画が持ち上がっており、ロシアでも同じような企画があるということで、他にもいろいろ事情があり、残念ながら企画自体が没になってしまいました。、ポスターまで作ったのですが…。(ポスターのイメージを見せる)しかし完全にあきめたわけではなく、現在も引き続き提案をしています。


―短編アニメーション『水の巨人の一日/물거인의 하루』
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スランプに陥っていて、何年か制作をしていませんでしたが、色々悩みながら作った作品です。


―短編アニメーション『貯水池の怪物』
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『貯水池の怪物/저수지의 괴물/A Monster in the Reservoir』
2012/11:35/ 花コリ2014 Aプロで上映
山に囲まれたある貯水池に、誰も見たことのない巨大な怪物が寂しく生きていた。ある日、貯水池に来た幼い少女が怪物と出会いそうになるが、怪物は自分の恐ろしい容貌を見たら少女が驚くのではと、姿をさらすことができない。月日は流れ、さまざまな事情を持つ人々が貯水池を訪れては去っていくが、怪物はずっと孤独だった。そんなある日、怪物を知るというある人物が、貯水池にやって来る。

Director's note
あれこれ悩み事が増えてきて「生きることはほんとに楽じゃないな」と思い始めたころに、自分自身のための短編を作ってみようという気持ちで制作に取りかかった。一人で作れる方法を模索しているうちに、単色の鉛筆線だけを使う技法を編み出して、コンテなしに1カット作った後に次のカットを構想していくという方法で進めた。やってみると、休む暇もなく大変だったが、最終カットの作業まで終えられて嬉しかった。「本来、何かを作るということは、いつもこういうことなんだ!」貯水池で暮らしていた臆病な怪物は、どんな気持ちで世の中を生きていくのだろうかというテーマに、暖かいユーモアを込めたかった。


自分が一番できることはアニメーションではないかと思い直し、新たに作った作品です。ほぼ独りで制作したので自由に制作し、絵コンテも簡単に描きました。『貯水池の怪物』も、やはり人が出会い別れるという物語になりました。この作品の制作終了後、『悪心-幽霊に取り付かれた猿(仮)/악심-귀신들린 원숭이』を制作しました。猿の頭の中に幽霊がとり付いて展開される物語で、自分でも充分に時間をかけて作り、30分の作品になりました。まだ正式に公開はされていませんが、見せた人全員から高い評価を受けています。一番気に入っている場面は、猿が自分の頭の中にとり付いている幽霊と出会う場面です。

―これからの作品
『オオカミ人間(仮)/늑대인간』
まだ制作には入っていませんが、今いくつかの長編の企画を進めていて、それが通るかどうか待っている状態です。

打ち合わせを進めている作品の一つに、仏陀に関する物語があります。特に仏教徒ではありませんが、仏陀に関する物語を作るにあたり、経典のようなものを思いがけずたくさん読むことになりました。最初に紹介した言葉は『スッタニパータ(Sutta Nipata)』という経典に出てきたものです。作品の準備のために色々なイメージを描いています。(仏陀の夫人だったヤソーダラーという女性のイメージを見せる)これは仏陀が去り、独り取り残されて、解脱を望む姿を描いたものです。これとはまた別にもう一つ作品を準備しています。

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津堅信之氏(以下、津堅):今日監督のお話を聞いて、とても楽しかったです。『マリといた夏』を含め、色々な作品を見せていただきましたが、今日の監督のお話を聞いて、よく理解することができました。日本のアニメーションを考える際に、商業アニメーションがたくさん作られていることを前提にする必要があるのですが、それは日本のアニメーション教育の在りようにも表れています。日本の大学や専門学校でアニメーションを教えている学校はたくさんありますすが、商業的なアニメーションを教えている所と、アーティスティックな短編を教える所の2つに分かれています。監督は長編と短編、さらには実写映画まで様々な形で作品を作られていますが、これは大変珍しいことです。作り方にかなり差があるんでしょうか?例えば、テーマによって短編と長編を使い分けるということもあるのでしょうか?

イ・ソンガン(以下、イ):長編か短編かは、特に区別はしていません。長編を作る際は、様々な関係が物語の中にあって、それを整理しながらストーリーにしていかなければならないので、そういった点では頭をたくさん使います。短編を構成する際は、自分の頭の中で10分にするか20分にするか、決められた時間の分量の中でどのようにストーリーを展開するか考えます。短編を作る場合は、長編よりも芸術的な感覚をたくさん盛り込んで行きたいと思っています。長編はキャラクターやストーリーの展開をどう大衆的により分かりやすく伝えるかということに神経を使います。

津堅:監督が最初の方でおっしゃっていましたが、自分が手掛けるストーリーは人との出会いと別れを作り出す物語の中心にしているという話でした。それを聞いて、今まで見てきた監督の作品の心が分かったと思いました。『自転車旅行』がとても好きなんですが、男性が死んでしまい、彼の魂が自転車に乗って彼の仕事場等を彷徨うシーンがあり、観ていてとても胸が締め付けられるような思いになりました。僕がそういう気持ちになったのは、短編だからストーリーが凝縮された部分があるのかなと思ったわけです。それで、この作品の物語を作る時に考えたこと等をお聞きしたいです。

イ:『自転車旅行』は韓国人権委員会から人権についてのストーリー制作依頼を受けて作ったもので、安易に作ることができない作品でした。人権委員会から外国人移住労働者についての話を作るのなら、実際に当事者に会って話してみた方が良いとか、様々な調査をしなければいけない等、要求事項がたくさんありました。シナリオを早く書かないといけなくなり、割と大まかに書きました。ところが人権委員会の方から、もう一度ちゃんと勉強をしろと言われてしまいました。私は労働者当事者ではないので、いくら勉強をしても本人の気持ちを理解することはできないだろうと思いました。しかし自分が持っている感性からアプローチをしていけば、それによって外国人労働者の気持ちが分かるのではないかと思いました。恋愛は世界中の誰もがするものだから、韓国に来ている男女の外国人労働者が恋愛をし、韓国社会の悪い環境のせいで死んでしまうという物語にすることにしました。この男性の魂が一番行きたいところは好きな女性の元ではないか、その女性の所にたどりつくまでのプロセスを表現しようと思いました。そう決めて1日でシナリオを書き、人権委員会に送ったところ、これは良いということでOKの返事をもらいました。しかし完成してみたら非常に悲しい物語になってしまいました。

津堅:今の『自転車旅行』もそうですが、監督の作品には実体のないもの、魂や幽霊等が多く出てきますが、今企画中の作品にも幽霊が出てきますね。実体のないものに関する考え方を聞いてみたいと思います。

イ:そう言われてみると私の作る作品全部に幽霊が出てきているように思います。『マリといた夏』のマリもある意味では幽霊と言えるかもしれません。『千年狐ヨウビ』のヨウビも妖怪ですし。実は私は幽霊が非常に好きでして。考えてみれば人間は常に幽霊とともに生きているものだと思います。幽霊が実際にいるかどうかより、宗教を信じるというのも幽霊と一緒に生きることの一つだと思います。良い幽霊と生きるか悪い幽霊と生きるかという話ではなく、霊がいるからこそ、私達が生きているのではないかと。幽霊というのは、私達が抱く夢や悲しみが反映されて生まれた存在ではないかと思います。幽霊が話の中に出てくると、何か一ついい形ができるような気がします。物語自体がそんなに面白くなくても幽霊が出てくると、ぐっと興味が湧くというか、そういうものがノってくる感覚があります。

<質疑応答>
観客1:想像力が際限なく広がっているような映像を感じました。どういう気持ちで生み出されたのでしょうか?また、音楽が独特ですが、音楽家の方にどんな指示を出していますか?

イ:そのように評価していただいて、ありがとうございます。自分なりに世の中を生きている人達の姿について考えたり悩んだりする方で、例えば自分の両親といったところからテーマを発見します。私の母親は一時期キリスト教に強く関心を持っていたのですが、母親のそういった様子をみて、どうしてそうなるんだろうと非常に疑問に思ったことがあります。今でもクリスチャンですが、幸いにというか、一時期ほどのハマり方はしていないようです。自分が考えたこと、つかんだことを通じて物語が出てくるんだと思います。
音楽についてはこれといった方法はなく、良い音楽監督に出会うしかないと思います。その音楽家がどういう音楽を作っているか、どういう活動をしているかを事前によく知ることが大事だと思います。音楽監督の方に対して、自分の望むスタイルをその音楽監督の趣向に反して無理やり押し付けることはできません。私が音楽家の方と制作をする時には、この場面にはこういう感覚やこういう雰囲気が必要だということを伝えて、それ以外のことはできないと思います。

観客2:インターネットで偶然知った『千年狐ヨウビ』の大ファンでソフトを持参してきました。後でサインをいただけると嬉しいです(笑)。日本ではイ・ソンガン監督の作品が紹介されているのは『マリといた夏』だけだと思うんですが、『千年狐ヨウビ』と『マリといた夏』や今日紹介された作品を比べても、『千年狐ヨウビ』の方はかなり商業的なアニメーション作品で絵柄や作風がかなり違うのですが、どうしてそうなったのでしょうか?ネット上で『千年狐ヨウビ』は続編が作られる予定だったと騒がれましたが、それが本当なのかを確かめたくてわざわざ神奈川から来ました。(会場から拍手があがる)

イ:『千年狐ヨウビ』に関して言うならば、実は『マリといた夏』があまり興行的に振るわなかったので、ちょっとお金になるような対策をしなければと思いまして。自分でも失敗したと思う部分なのですが、その時はお金を儲けることを優先して作品を作ることがよくないことだとは分かっていませんでした。実際にアニメーションを作るときは自分のやりたいことをストレートに表現しなければならず、大衆的に受けるものを作ろうとする」¥のはよくないことで、自分ではそれが非常に失敗だったと思っています。しかしヨウビというキャラクターに対する憐憫の気持ちをできるだけ充分に表現しようと思い、努力をして制作をしました。劇場用アニメーションを作るということは、自分が金儲けをしてお金持ちになりたいからではなく、引き続き作品を制作するために、ある程度儲けを出さなければいけないことを前提としてやっているので、引き続き長編作品を手掛けていきたいと思っています。
『千年狐ヨウビ』の続編については、青少年の世代にヨウビのファンが多くて、ファンクラブがあるんですが、そこで交わされた「続編が作られると良いなぁ」という話が自然と「続編が作られているらしい、作られるだろう」と話が大きくなっていったのではないかと思います。続編を作ることも悪くはないのですが、今現在私の気持ちが他の作品を作る方に傾いているので、ヨウビではなく、新しい別の作品を作ろうと思っています。一番優先的に考えているのは、先ほど企画が通らなくて失敗したと話した『雪の王』です。アンデルセンが『雪の女王』で伝えたかったことを、私がきちんと表現して伝えられたらと思っています。私の話の舞台は中央アジアに設定しているのですが、これは、アンデルセンの『雪の女王』はヨーロッパ的な背景では充分に伝わらないのではないか、東洋に舞台を移した方がより良く伝わるのではないかと思い、背景をアジアに置いてみました。ある意味ではヨウビの異端に成り得るかもしれませんが、投資家たちが、こういう話なら大衆的にもいいかなと思ってくれれば良いと思っています。

津堅:今、監督のお話にあったことが、最後に伺おうと思ったことに関係します。長編アニメーションを作るには大変お金がかかるし、お客が入らなくて失敗してしまったことで、その後アニメーションを作れなくなったクリエーターが日本にもたくさんいます。ですのでアニメーションを作り続けることの大変さは、長編を1本だけではなく、2本3本と作っていくことに象徴されると思います。そのような事情を受けて、イ・ソンガン監督が今、韓国のアニメーション業界に対して思っていらっしゃる現状と今後、それから日本のアニメーション界に思うところを合わせて伺いたいです。

イ:まず私は、韓国のアニメーション界全体を理解している人間ではありません。韓国におけるアニメーションは、日本のように豊かなものとして受け入れられてはいません。劇場用の長編アニメーションも1年に1,2本作られて公開されるのみです。長編アニメーション1本を作るのに、20億ウォンから30億ウォン(約2億円~3億円)かかります。このようにお金を投資して制作をしても、利益を得るのが非常に難しい状況です。アニメーションを制作している監督仲間の中には、5億ウォン、6億ウォン(約5千万円、6千万円)の低予算で長編を作ろうと考えている人達もいます。私はいずれにしても監督としてやっていきたいと思っているので、予算が多かろうが少なかろうがあまり重要なことではありません。
日本のアニメーションについて感じることは、全体的な環境ですとか、作品を拝見していてやはり非常に羨ましいと思います。宮崎駿監督等はアニメーションの神と言われるほどですし、アニメーションを作る方法や物語を組み立てる方法等、彼の作品からたくさん学んでいます。
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